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【エロゲー】『少女と世界とお菓子の剣~Route of ICHIGO 1~』批評~私立さくらんぼ小学校論・前編~

今回は、私が今までにプレイしたエロゲーの中で個人的に一番面白かった作品である『少女と世界とお菓子の剣~Route of ICHIGO 1~』の批評を試みる。

 

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『少女と世界とお菓子の剣~Route of ICHIGO 1~』
シナリオ:苦魔鬼轟丸
原画:みそおでん
2012年12月31日発売
 

『せかけん苺ルート1』「私立さくらんぼ小学校」ってなんだ?

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『少女と世界とお菓子の剣~Route of ICHIGO 1~』(通称『せかけん苺ルート1』)は、同人ゲームである。一般に、同人ゲームは商業ゲームと比べて作品のクオリティが劣ると私たちは考えがちである。しかし『せかけん苺ルート1』をプレイするやいなや、私たちはそのクオリティの高さに驚かされる。美麗なグラフィック、高度なシナリオ、プロ声優によるCV、主題歌付きのオープニング映像。作品のあらゆる要素が、並の商業作品を軽く凌駕しているのである。『せかけん苺ルート1』は、なぜこれほどまでに出来が良いのか。まずはその理由を説明したい。

 

『せかけん苺ルート1』は、同人サークル「私立さくらんぼ小学校」によって創造された作品である。私立さくらんぼ小学校の前身は、「赤ちゃん倶楽部」「苺みるくという商業ブランドである。ライターの苦魔鬼轟丸とイラストレーターのみそおでんは、これらの商業ブランドでロリコン向けエロゲーを創造した。しかしロリータ表現に対する厳しい規制などの逆風を受け、商業活動の継続は困難になった。そこで停止した商業ブランドに代わって、同人サークル私立さくらんぼ小学校が誕生することになったのである。私立さくらんぼ小学校の作品では、商業時代に培われた高度なノウハウが活用されている。せかけん苺ルート1』では、商業と同人で研鑽を積んだスタッフの実力が最大限に発揮されている。そのため、他の同人ゲームに類を見ないほどの最高傑作となったのだ。

 

『せかけん苺ルート1』のあらすじ

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『せかけん苺ルート1』をまだプレイしたことがない読者のために、この作品のあらすじを紹介しよう。主人公の汐見稔雄は、ある日ラジオの深夜番組を聴いている途中で、ラジオのノイズ音に紛れた何者からかの声を聞く。その日以来、稔雄が持つ年代物のラジオからは、稔雄の身の回りに存在する場所や人物などを示唆するキーワードが聞こえてくるようになる。一方、稔雄が通う中学校では、現実が異常になる「世界の夢」と呼ばれる不可解な現象が発生していた。稔雄は世界の夢を破壊する能力を持つ少女・春野苺と結託し、ラジオから聞こえてくるキーワードを頼りに、学校で相次ぐ不可解な現象を捜査することになるのだった。

 

この作品では、児童文学のような作風を持ち味とするライター・苦魔鬼轟丸のたぐいまれな文才が炸裂している。この作品には、世話焼きな幼なじみのアヤちん、温厚な巨乳美少女のナナ先輩、本当にいい奴なハツ、生意気な後輩のカバっちなど、個性的なキャラクターが多数登場する。稔雄たちが繰り広げる日常会話を読んでいると、失われた少年時代への憧憬が呼び起こされる。エロ盛りな中学生である稔雄の変態的な妄想や、稔雄と個性的な脇役の掛け合いには爆笑すること間違いなし。各章の後半は、恐怖とサスペンスの嵐である。苺が世界の夢を破壊するたび、不幸な現実が暴露される。少年たちを襲う理不尽な現実に、あなたは耐えることができるだろうか?

 

この作品のシナリオは並の商業作品を軽く凌駕しているどころか、書店で売られている並のミステリー小説をも軽く凌駕する出来だといってよい。私はこの作品をプレイしながら、「この物凄いシナリオは本当に人間が考えてるのか!?神が作ってんじゃないか!?」と何度もマジで叫んでしまった。なお、『少女と世界とお菓子の剣』はシリーズ物で、今のところこの「Route of ICHIGO 1」だけでなく「Route of AYANO」と「Route of NANA」が発売されている。アヤノルートも苺ルート1ほどではないが、おもしろい。ナナ先輩ルートはシナリオ後半の出来がよくないので、あまりおすすめできない。やはり一番おもしろいのは、この苺ルート1である。完結編の苺ルート2は経済的な事情でいまだに発売されていないがこの苺ルート1はある意味とてもキリのいいところで終わっている。興味のある方は、ぜひプレイしてみてほしい。

 

(↓ここからは『せかけん苺ルート1』と『鍵っ子少女』のネタバレを含みます↓)

 

 

推理小説にして反・推理小説

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『せかけん苺ルート1』は、世界の夢が発生する原因を推理する推理小説として読める。しかし第7章「カンバスのゆりかご」では、レズビアンの少女である百笑倫子によって、推理小説が厳しく批判されている。

 

「倫子さんはな、この世でなにより推理小説が大嫌いなのだ。特に本格などと呼ばれる読者に謎を仕掛ける手合いのものが」

「マスターキーは密室の死体だけが持っています。容疑者がこの時間、熱海に寄ることは不可能です」

「それがどうした」

「密室だのアリバイだの、どうでもよいではないか。犯人がなにか上手いことしたのだろうよ。雪を錠前に貼り付けていたのさ。崖をパラグライダーで降りたのさ。そんなものは探偵にあこがれる阿呆が無い知恵絞って考えればよい

(中略)

「まだわからんか。この唐変木め」

「お前たちは形だけを追ったにすぎぬ」

(中略)

「彼女の気持ちはどこにあるのかと言っているのだ」

(中略)

「この世のすべての出来事は人によって作られる」*1

「そこには心があると言っていいだろう」

「人の心を解せぬかぎり、物事はなにひとつ理解できぬよ」

 

倫子は、トリックやアリバイなど、事件の「形式」を追求する推理小説に対して明らかな嫌悪感を抱いている。倫子は、事件の形式に意味を見出ださない。倫子は代わりに、事件の関係者の「心」に意味を見出だしている。この倫子の立場は、人の心に深く関わろうとする『せかけん苺ルート1』という作品の性格をよく表したものだといえるだろう。世界の夢は、不都合な現実を作り替えようとする子供たちの心によってもたらされる。世界の夢に立ち向かうためには、世界の夢を作り出す子供たちの心に向き合わねばならないのである

 

ついでに言わせてもらうと、第4章「マリーセレスト号の嘘」でも、他人の心を思いやれない人間が否定的に描かれている。マリーセレスト号事件の真犯人には、他人への共感力が欠如していた。苺は、他人への共感力がない真犯人を「巨大な闇」だという。第4章では人の心を解さない人間の恐ろしさが描かれ、第7章では人の心を解さない人間が批判されている。私たちはこの作品をプレイすることにより、他人への思いやりに満ちたライター・苦魔鬼轟丸の豊かな人間性に触れることができる。

 

「推理の伏線」と「内面描写の伏線」の同時回収

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『せかけん苺ルート1』のラストは、実に見事なものである。周到に張り巡らされた推理の伏線が、苺の天才的な頭脳によって一気に回収される。さらにシナリオをよく読んでみると、ラストで推理の伏線が回収されるのと同時に内面描写の伏線も回収されていることに気付かされる。

 

第5章「がっこうまいご」では、保栄茂桔平や鳩貝真美など、お世辞にも幸福な人生を送ってきたとは言えないひまわり園の子供たちに、稔雄は共感を寄せている。そして稔雄は、がっこうまいご事件の「黒幕」を責めるような態度を取っている。稔雄は、幸福を享受できない子供たちの側に立っているのである。第6章「花開くは黒き花弁」では、稔雄が「エスキリストのような博愛精神に目覚めた」とハツたちに公言する場面がある。稔雄には、華羽久望のように幸福を享受できない人間に対する思いやりがあるのだ。

 

ラストの伏線回収劇では、「世界に幸せが満ちていると信じ、事件の真相を暴こうとする」苺の性格と、「幸福を享受できない人間の側に立ち、不幸な人間のためになるなら事件の解決を望まない」稔雄の性格が対比されている。さりげなく描かれてきた稔雄のスタンスが、ラストで鮮やかに明確化されているのである。

 

補説:『鍵っ子少女』について

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『せかけん苺ルート1』について語らせてもらったついでに、同じく私立さくらんぼ小学校の『鍵っ子少女~陽射しの中のおるすばん~』についても語らせていただこう。『鍵っ子少女』は、『せかけん苺ルート1』と同時期に制作された作品である。『鍵っ子少女』は『せかけん苺ルート1』の制作の片手間に創造されたため、この2つの作品では企画が混ざってしまった。そのため、せかけん苺ルート1』と『鍵っ子少女』は、扱うテーマを共有しているのである。

 

『鍵っ子少女』の主人公・日浦萩生は暗い記憶を封印しており、不幸な人間の側から世界を見ている。その点で、萩生と稔雄は共通している。しかし稔雄があくまでも不幸側にとどまり続けている反面、萩生が光を切望しているところは大きな違いである。また、紫苑を光へと導こうとする萩生の態度は、稔雄を導こうとする苺の態度に近い。萩生には、稔雄と苺の要素が同居しているのである。

 

『鍵っ子少女』のヒロインである紫苑は、『せかけん苺ルート1』に登場する多くの子供たちと同様に、不幸を背負っている。萩生の認識が生んだ偽りの世界で《おにいちゃんといつもいっしょにいられますように》と願った紫苑の立場は、望を守るために世界の偽りが暴かれないよう願った稔雄の立場と共通する。

 

 

次回は、私立さくらんぼ小学校の『いたずラブ ひと気のない公園で少女と愛を育もう』を批評したい。そして、『少女と世界とお菓子の剣』シリーズを、『いたずラブ』から読み解く予定である。

 

(注:この記事は、私=甘井カルアが2014年4月と2015年12月の苦魔鬼氏の日記に匿名で投稿した文章を改稿したものである。)

 

*1:「この世のすべての出来事は人によって作られる」という倫子の発言はおかしいと思ったのは、おそらく私だけではないだろう。この世には自然災害やウイルスなど、人以外の原因によって作られる出来事があるからである。ただ、倫子のこの発言は、完結編の苺ルート2で明かされるはずのストーリーの核心を先取りするものではないかと私は推測してもいる。