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マルクス・ガブリエル『なぜ世界は存在しないのか』の要約

最近、ボン大学マルクスガブリエル教授の哲学を勉強しています。今回は、ガブリエルの主著『なぜ世界は存在しないのか』の要約を掲載します。ついでに、『なぜ世界は存在しないのか』を読み解くのに役立ちそうな情報も書き添えておきます。

 

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『なぜ世界は存在しないのか』
マルクス・ガブリエル(清水一浩訳)
2018年初版発行
 

要約

 
『なぜ世界は存在しないのか』の内容は、大きく分けると2つに分かれています。第3章までではガブリエルの基本思想が開陳され、第4章以降からは開陳された基本思想を基にして科学や宗教などのあり方が捉え直されています。
 
・序章は「哲学を新たに考える」です。この本の基本思想は、「世界は存在しない」と「新しい実在論」です。新しい実在論は、「形而上学」が認める人間に依存しない現実それ自体と、「構築主義が認める人間に対して現れているかぎりの事物は両方とも存在すると考えます。
・第1章は「これはそもそも何なのか、この世界とは?」です。ガブリエルは、特定の種類の諸対象を包摂する領域を「対象領域」と呼びます。例えば銀河という対象領域には、星や惑星などの対象が包摂されています。ガブリエルのいう「世界」とは、「すべての領域の領域、すべての対象領域を包摂する対象領域」です。
・第2章は「存在するとはどのようなことか」です。ガブリエルは、何かが現れてくる場を「意味の場」と呼んでいます。何かが何らかの意味の場に現れるとき、その何かは存在します。(意味の場には「草原」や「スマホの画面」などの物理的な場だけでなく、「妄想」や「昔話」などの非物理的な場もある。)
・第3章は「なぜ世界は存在しないのか」です。ガブリエルは、「世界とは、すべての意味の場の意味の場、それ以外のいっさいの意味の場がそのなかに現象してくる意味の場である」と厳密に定義し直します。世界は世界のなかに現れることができないので、存在しないとガブリエルは考えます。そのため、すべてを包摂する領域である世界は存在せず、無限に増殖していく無数の意味の場だけが存在することになります
 
・第4章は「自然科学の世界像」です。自然科学によって世界それ自体を認識しようとする科学主義を、ガブリエルは厳しく批判します。ガブリエルは世界それ自体は存在しないと考えているので、どんな科学的世界像も成立しないと言います。また、宇宙はただ単に自然科学によって研究できるものの総体であり、宇宙を考察しているだけでは人間的な意味を取りこぼしてしまうことが指摘されています。
・第5章は「宗教の意味」です。ガブリエルは、宇宙・世界・現実全体を俯瞰的な視点から眺める「神の立場」は幻想にすぎないと言います。ガブリエルは世界の存在を否定しているので、すべてを取りまとめて組織化する原理としての「神」の存在も否定します。宗教で本質的に問題になるのは人間の実存であり、私たちは自分とは何者なのかを常に探求し続けているということが書かれています。
・第6章は「芸術の意味」です。芸術や映画は虚構と現実の区別を解体し、芸術は多様に解釈できるということが指摘されています。芸術は対象を現象させるだけでなく、その対象が現象している意味も現象させるとガブリエルは言います世界が存在しないことが全体主義への誘惑を克服し、無数の意味の場が存在することが多様性の肯定につながるということが語られています。
・第7章は「エンドロールーテレビジョン」です。私たちの身の回りには意味が溢れており、私たちはただ生きているだけで無数の意味に関わっているという形でこの本は幕を閉じます。
 
(注:この要約は、私が某サイトに投稿したレビューを改稿したものです。)
 

備考

 
ガブリエルは「意味(Sinn)」という言葉に、大きく分けて3つの意味を与えているということを念頭に入れて読みたい。
1.文字通り「意味」
2.対象が現象する仕方
3.感覚(p.286)
なお、フレーゲの和訳では、Sinnは「意義」と普通は訳されることに注意です(p.322)。
 
・『なぜ世界は存在しないのか』を読んでいると、ガブリエルが「現実」や「実在」を一般大多数の人々とはだいぶ違った仕方で把握していることがわかります。しかし『なぜ世界は存在しないのか』を読んだだけでは、ガブリエルが「現実」や「実在」という言葉をどう定義しているのかがいまいちよくわかりません。
今月発売された『「私」は脳ではない』では、ガブリエルが現実についてちらほら語っていました。ガブリエルが「現実」や「実在」をどう理解しているのかは、これから刊行される書籍を読みながら考えていきたいところです。
しげデウスさんがブログでお書きになっている「存在」と「実在」の区別をガブリエルがどう考えているのかも気になりますね。見たところ、ガブリエルは明確に区別していないようですが。
 

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映画『仮面ライダー平成ジェネレーションズFOREVER』より
・最後に余談ですが、昨年末に仮面ライダー平成ジェネレーションズFOREVER』という映画が放映されました。この映画は、「虚構と現実の揺らぎ」や「人々の記憶のなかの虚構の存在」を描いた作品でした。私が観た限り、この映画が表現していることはガブリエルの新実在論にけっこう近いはずです。このことを踏まえて、近いうちに『平ジェネFOREVER』の考察を書いてみたいと思います。
 
(謝辞:ガブリエルについてメールで教えて下さった研究者のN様に、この場を借りてお礼申し上げます。)