今回は、ポケモン映画第4作『セレビィ 時を超えた遭遇』(以下『遭遇』)を批評します。
『セレビィ 時を超えた遭遇』
監督:湯山邦彦
脚本:園田英樹
(C)ピカチュウプロジェクト2001
2001年7月7日公開
『遭遇』では、 40年前の過去から現在にタイムスリップしてきた少年・ ユキナリとセレビィがサトシの前に現れます。物語の舞台は、 自然豊かなハテノの森です。緑に覆われた森の背景美術が美しく、 エコロジー思想溢れるシナリオになっています。『遭遇』 はその性質上、スタジオジブリ作品(特に『もののけ姫』) を彷彿とさせる作品です。スタッフの皆さん、 ジブリを意識してそう。
『遭遇』の悪役は、ロケット団最高幹部のビシャスです。 ビシャスは、ポケモン映画史上屈指の「 いかにも悪役らしい役回りのある悪役」だと思います。『 ミュウツーの逆襲』のサカキはミュウツーのパワーに押され気味だったし、『ルギア爆誕』のジラルダンには邪悪さが足りないと思う。『 結晶塔の帝王』 に至っては悪役らしい悪役の出番が殆どありませんでした。 しかし、ビシャスは他人のポケモンを強奪し、 セレビィの力を利用して森林を破壊した。ラストまで悪役の役割を果たした悪役でした。
ビシャスは、自然環境だけでなく「ポケモン世界のタブー」 をも破壊した悪役だと思います。ゲーム版ポケモンでは「 ひとのものをとったらどろぼう!」と言いまして、 他人のポケモンを強奪することが禁じられています。また、 ポケモンは子供向け作品ですから、 ポケモンの死や殺害を基本的にはダイレクトに描写しません。 でも、ビシャスは強奪を行い、セレビィを(間接的に)死に追いやった。 私は子供の頃映画館でビシャスを見て怖いと思ったのですが、 掟やぶりなビシャスの悪意に圧倒されたからだと思いますね。
『遭遇』では、ポケモンという作品が従来避けてきた「 ポケモンの死」が克明に描写されています。 スイクンが水を浄化し、 サトシが木の実を与えてもセレビィが復活しない場面が効果的でし た。回復技や回復アイテムが通用しない、 生物の生々しい死が強烈に印象に残ります。
『遭遇』は全体的に高レベルな作品ですが、「タイムスリップ」 という要素を取り入れたせいでシナリオの一貫性が怪しくなってい るとよく言われます。
↑詳しい事は上記のブログさんに書いてあるのですが、
・ 物語の前半でトワおばあちゃんが言ったセリフとラストの内容が矛 盾している
という重大な問題があります。
これらの問題の解決策も上記のブログさんに書いてありますけど。
脚本家の園田さんがこの映画のシナリオをどこまで考えて練ってい るのか怪しいな…。根拠は無いのですが、制作スタッフが「 たかが子供向けアニメだから」と妥協して、 タイムパラドックスをいい加減に放置しているように思える。 まあ、この手の時間旅行物語は、 考えるな感じろの精神で割り切って楽しむべきかもしれませんね( 苦笑)。