かるあ学習帳

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「うっせぇわ」考察(未完、工事中)

今回は令和の超ヒット曲「うっせぇわ」を考察します。「うっせぇわ」をまだ聴いた事が無い人は、リンクを貼りましたのでできれば聴いてから続きを読んで下さい。考察の補助線になる「ギザギザハートの子守唄のリンクも貼りましたので、こちらも履修した上で続きを読んで貰えると嬉しいです。

「うっせぇわ」オマージュ説

「うっせぇわ」は、1984年のチェッカーズの名曲「ギザギザハートの子守唄」のオマージュだと言われています。まず、「うっせぇわ」と「ギザギザハートの子守唄」は、メロディーが似ています。そして何より、「うっせぇわ」の歌詞は「ギザギザハートの子守唄の歌詞に似ているどころか対応しています。「うっせぇわ」は「ギザギザハートの子守唄アンサーソングという説がありますが、おそらくそうでしょう。
 

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「うっせぇわ」の歌詞は「ちっちゃな頃から優等生」という出だしから始まりますが、「ギザギザハートの子守唄の歌詞は「ちっちゃな頃から悪ガキで」という出だしで始まります。そして「うっせぇわ」が気づいたら大人になっていた」と歌うのに対して、「ギザギザハートの子守唄」は「15で不良と呼ばれたよ」。「うっせぇわ」の「ナイフの様な思考回路」に対して、「ギザギザハートの子守唄」は「ナイフみたいにとがっては」。「うっせぇわ」のサビは「あなたじゃ分からないかもね」であるのに対して、「ギザギザハートの子守唄」のサビはわかってくれとは言わないが」
 
仮面ライダーキバ』の登場人物・紅音也は、「一度目偶然、二度奇跡、三度目必然、四運命」という名言を残しています。「うっせぇわ」の歌詞は「ギザギザハートの子守唄の歌詞に四回以上対応しているので、これは偶然の一致だとは考えにくい。「うっせぇわ」は「ギザギザハートの子守唄の意識的必然的運命的なオマージュであると考えるべきでしょう。以上、「うっせぇわ」は「ギザギザハートの子守唄を下敷きにしたオマージュ作品だという証明は終了です。
 

ギザギザハートの子守唄」の80年代

84年の「ギザギザハートの子守唄」では、社会からドロップアウト気味の不良の心情が歌われます。80年代は、不良がとても元気な時代でした。日本中の中学や高校で「校内暴力」が発生し、不良映画『ビー・バップ・ハイスクール』がヒットした。村上龍は『コインロッカー・ベイビーズ』で犯罪少年の破壊衝動を描き、村上龍と対談したことのある尾崎豊は盗んだバイクで走り出した。AKIRA』は、宮台真司が言う「核戦争後の共同性」を表現した不良SFアニメだった。
 
さて、なぜ80年代の日本は不良が活躍したのか。おそらく、80年代は不良の「役割対象」が豊富にあったからでしょう。当時の学校の教師は今の学校の教師よりもずっと融通が利かなかっただろうし、『コインロッカー・ベイビーズで表現されているような閉塞感もあっただろう。学校とか、教師とか、閉塞感とか、不良の力でぶっ潰せる対象が、80年代は豊富にあったんでしょうね。80年代の不良は壁を壊し、未来への道を舗装したんだと思う。
 

「うっせぇわ」の令和

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さて、「うっせぇわ」はメロディーやPVが暴力的なので、「ギザギザハートの子守唄と同じようにガラが悪い曲だという偏見を持たれやすいです。しかし、「うっせぇわ」の歌詞の語り手は「優等生」であり「模範人間」です。優等生であり模範人間である語り手・「私」が、社会に対する日頃の鬱憤を吐き出す歌が「うっせぇわ」です。そして「うっせぇわ」の語り手にとって「殴ったりするのはノーセンキュー」。「うっせぇわ」では物理的な暴力ではなく、「言葉の銃口による攻撃が行われる。普段は従順な若者による虐殺の言語が「うっせぇわ」という叫びなのです。
 
80年代はロックの語り手が不良だったのに、どうして令和の「うっせぇわ」の語り手は優等生になったのか。主な理由の一つとして、令和は80年代と比べて不良が活躍しづらい時代だからというのが挙げられる。令和の学校の教師は昔よりは融通が利くし、グローバル化によって閉塞状況も変容した。だから、不良は令和の表舞台に立ちにくい。令和では資本主義による経済格差や環境破壊、新型コロナウイルスなどが問題になっていますが、これらの問題は不良に解決できるとは思えない。不良が暴走したところで、新型コロナウイルスが治るわけないでしょう(笑)。
 
ポケモンバトル風に説明すると、令和世代は80年代と比べて不良の役割対象が少ない。だから不良が活躍しづらい環境になった」令和ではあからさまにグレた不良になることにあまりメリットが無くなったので、グレたい人は優等生を演じつつ内面でグレる時代になったと考えられる。だからSNSを開くと、そこは内面がグレた若者たちの虐殺の言語で満ちているわけよ。「ギザギザハートの子守唄」から「うっせぇわ」への遺伝子の継承は、グレる主体が不良から優等生に継承されたことを意味してるんじゃないかな。
 

不良ではなく優等生に期待すること

 
(工事中)