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萩原朔太郎「ばくてりやの世界」解説

萩原朔太郎ってどんな人?

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萩原朔太郎は日本の代表的な詩人です。朔太郎は前橋中学を卒業した後で熊本の五高、岡山の六高、慶応大学に入学しては退学を繰り返した経歴を持ちます。色々な事情で大日本農学校、京都大学早稲田大学に入学するのに失敗したことも……。朔太郎は、森鴎外芥川龍之介のようなエリートとは違ったタイプの文豪だと思います。優秀な学力や教養ではなく、凡人離れした鋭い感性で魅せるタイプの文豪だと思いますね。

 

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(C)イクニラッパー/シリコマンダー
朔太郎の誕生日は11月1日で、『さらざんまい』に登場する久慈悠の誕生日も11月1日です。ついでに言うと中原中也の誕生日は4月29日で、『さらざんまい』に登場する矢逆一稀の誕生日も4月29日です。『さらざんまい』に登場する陣内燕太の誕生日が5月28日なのも何か意味があった記憶があるけど、忘れたわwすまんな。
 
朔太郎は「病的な神経と、精神的な孤独・倦怠を鋭い感受性で表現」することに定評がある詩人です。朔太郎の病的なセンスがよく表れている詩として、私はばくてりやの世界」を挙げます。百聞は一見に如かず、早速「ばくてりやの世界」を読んでみましょう。
 

鑑賞(全文掲載)

ばくてりやの世界
 
ばくてりやの足、
ばくてりやの口、
ばくてりやの耳、
ばくてりやの鼻、
 
ばくてりやがおよいでいる。
 
あるものは人物の胎内に、
あるものは貝るいの内臓に、
あるものは玉葱の球心に、
あるものは風景の中心に。
 
ばくてりやがおよいでいる。
 
ばくてりやの手は左右十文字に生え、
手のつまさきが根のようにわかれ、
そこからするどい爪が生え、
毛細血管の類はべたいちめんにひろがっている。
 
ばくてりやがおよいでいる。
 
ばくてりやが生活するところには、
病人の皮膚をすかすように、
べにいろの光線がうすくさしこんで、
その部分だけほんのりとしてみえ、
じつに、じつに、かなしみたえがたく見える。
 
ばくてりやがおよいでいる。
 

解説

皆さん、いかがでしょうか。この詩は解像度が粗い読み方をすると、バクテリアが色んな所で泳いでいることを表現した詩」だと言えます。しかし、バクテリアが色んなところで泳いでいることなんて、詩じゃなくて生物学のレポートでも説明できることです。朔太郎はバクテリアという題材を用いて、もっと文学的なことを表現しているのだろうと推測するべきでしょう。
 
私が読んだ限り、この詩で特に重要なのは、後ろから2番目のブロックにあるばくてりやが生活するところには、/病人の皮膚をすかすように、/べにいろの光線がうすくさしこんで、/その部分だけほんのりとしてみえ、/じつに、じつに、かなしみたえがたく見える。」という表現だと思います。朔太郎の観察では、バクテリアは「悲しみが耐え難いところ」で泳いでいるのです。このことから、この詩に登場するバクテリア「悲しみの表象」だと解釈できると思います。
 
今ではかなり鎮静化しましたが、新型コロナウイルスが流行し始めると、人々はウイルスの存在に敏感になりましたね。ウイルスの存在に敏感になった人々は、ウイルスの存在を意識して手を消毒したり、マスクを着用して街を歩くようになる。潔癖性の人々も、同じような行動を取るでしょう。おそらく鋭い感受性を持つ朔太郎は悲しみの存在に敏感で、悲しみの存在をウイルスのように意識していたのではないかと私は推測します。その結果、耐え難い悲しみが感じられるところにバクテリアが泳いでいる、という奇妙な内容の詩が誕生したと考えられます。
 

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この詩に出てくるバクテリアは、たぶんこういうイメージに近い
そもそも、この詩は「ばくてりやの足、/ばくてりやの口、/ばくてりやの耳、/ばくてりやの鼻、」という出だしで始まっていますが、顕微鏡で観察できるバクテリアには耳や鼻がありませんよねだよね?)。ですので、この詩で表現されているバクテリアは、顕微鏡で観察できる「物理的なバクテリアとは違うものだと考えるべきでしょう。耳や鼻があり、耐え難い悲しみが感じられるところで泳いでいる、モニョモニョした文学的な表象が、この詩ではバクテリアと呼ばれているのだろうと思います。
 
以上の説明で、朔太郎が病的なセンスの持ち主であることが十分に伝わったのではないかと思います。病的なセンスを持っている朔太郎は、様々な場所で耐え難い悲しみを受信し、モニョモニョしたバクテリアのようなものに悲しみを託しているのでしょう。
 
ちなみにこの「ばくてりやの世界」は、朔太郎の処女詩集月に吠える』に収録されています。『月に吠える』の全文は青空文庫とかで無料で読めるので、暇な人は他の詩も読んでみて下さい。