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『ポケットモンスター ココ』批評~野生児は未来を目指す~

ポケットモンスター ココ』(以下『ココ』)は、ポケモン映画第23作品です。この映画は「野生児と野生ポケモンの共存」という異色のシチュエーションで始まります。ですが、話が進むにつれて自然環境を破壊する悪役が現れ、従来のポケモン映画でも見たことがあるような展開になります。さらに、この映画は冨岡脚本ポケモン映画の遺伝子を正統に継承した作品だと思います。『ココ』は異色作と見せかけて、過去の伝統をしっかり踏襲した映画だと私は考えています。
 

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監督:矢嶋哲生
(C)2020 ピカチュウプロジェクト
おすすめ度:★★★★☆(異色作と見せかけて、実は伝統を踏襲した作品だと思う)
 

ボルケニオン』のその先へ

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この映画の主役は、ジャングルでポケモンに育てられた野生児・ココです。これまでのポケモン映画では「人間が建設した都市で人間と共存するポケモンはけっこう描かれてきましたが、「野生ポケモンの縄張りでポケモンと共存する人間」というパターンは開拓されてきませんでした。『ココ』のジャングルを見ればわかるように、野生ポケモンの中には強い縄張り意識が遍在するので、人間が野生ポケモンと共存するのはとても難しいことです。しかしココは赤ん坊の頃から幻のポケモン・ザルードに育てられ、多くの野生ポケモンと共存してきたのでした。
 
ココは森で発生した事故によって両親を失い、代わりに父性溢れるザルードの愛情を注がれて育ちます。父ちゃんザルードはココに人間の社会を教えず、ココを人間ではなくポケモンのように扱っていました。これはかなり確信を持って言えることなのですが、この映画の父ちゃんザルードは、『ボルケニオンと機巧のマギアナに登場したボルケニオンの後継者だと思います。脚本家の冨岡さんは『ボルケニオンと機巧のマギアナボルケニオンという〈父親〉を描き、その〈父親〉のイメージを父ちゃんザルードに継承させていると感じました。
 
ボルケニオンはネーベル高原のポケモンを世話する〈父親〉的存在でしたが、父ちゃんザルードもココを献身的に保育する父親〉的存在です。ボルケニオンは映画のラストで人間であるサトシ達を「ネーベル高原名誉ポケモン」だとみなし、野生ポケモンの仲間として認めました。そのボルケニオンの意志を受け継ぐかのように、父ちゃんザルードは映画の冒頭で人間であるココを野生ポケモンように扱い育てるのです。ちなみに、ボルケニオンの声優は市川染五郎さんで、父ちゃんザルードの声優は中村勘九郎さん。声優が歌舞伎役者なのも共通していますね。
 
おそらく脚本家の冨岡さんはボルケニオンの要素を父ちゃんザルードに継承させ、『ココ』で『ボルケニオンと機巧のマギアナ』の「その先」のテーマを追求しているのだと思います。ボルケニオンと機巧のマギアナ』は「人間が野生ポケモンの仲間として認められる過程」を描いていて、さらに『ココ』は「野生ポケモンの仲間として育てられた人間が目指す未来」を描いた映画だと思いますね。
 
(この先は映画の重大なネタバレが含まれています)

 

 
 

進化する脚本家:冨岡淳広

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いきなり『ココ』のラストをネタバレするのですが、この映画のラストでココは旅に出て、人間とポケモンの架け橋になる決心をします。ココは人間として生まれ、野生ポケモンの仲間として育てられました。そのためココには、人間としての側面とポケモンとしての側面があります。この映画で描かれた「野生ポケモンの仲間として育てられた人間が目指す未来」は、「人間とポケモンの断絶に架橋する」という前向きなアンサーだったわけね。
 
また、ココはジャングルから旅に出ることによって、父ちゃんザルードという〈父親〉から自立します。つまり『ココ』は、「家族からの自立」を描いた映画でもあるのです。冨岡さんが脚本を担当した『光輪の超魔神フーパ』では、フーパが家族の大切さを知って成長しました。そして今回の『ココ』でも家族の大切さが描かれ、さらに家族からの自立も描かれています。ですから『ココ』は、『光輪の超魔神』の「その先」のテーマを描いた映画だとも言えそうですね。
 

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私が観た限り、脚本家の冨岡さんは前作のテーマを今作で継承し、作品のテーマをどんどん発展させる能力がある人だと思うんですね冨岡さんが『光輪の超魔神フーパ』『ボルケニオンと機巧のマギアナ』で描いたテーマは『ココ』で継承され、進化したと思います。『ココ』のラストでは「人間とポケモンの架け橋を作る」という課題が生まれたので、冨岡さんの次回作では「人間社会と野生ポケモンの縄張りの断絶を埋めるためには具体的にどうすればいいか」が主なテーマになると予想します。このテーマを映画で描くのはかなり難しそうだけど、もしやるとしたら冨岡さんには頑張って貰いたいね(笑)。
 

ミュウツーの反転

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ココ「オレの名前はココ。人間でありポケモンそして父ちゃんの息子だ!」

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ミュウツーの逆襲 EVOLUTION』より
ミュウツー「私は人間に造られた。だが人間でもない。造られたポケモンの私はポケモンですらない!
 
ココは、『ミュウツーの逆襲』ミュウツーはえらく対照的な存在だなと思います。ココは善良な人間の両親によって生を受け、大自然の中で父ちゃんザルードに愛されながら育ちました。そして人間でもポケモンでもあるココは、人間とポケモンの架け橋になろうとします。その一方でミュウツーは人間のエゴによって誕生し、機械を装着されロケット団に利用されながら育ちました。そして人間でもポケモンでもないミュウツーは、人間と通常のポケモンへの逆襲を決意します。もしかして『ココ』って、『ミュウツーの逆襲』へのアンサーフィルムでもあるのか…
 
ミュウツーは『ミュウツー!我ハココニ在リ』で性格が丸くなりましたが、最後まで公の場に現れない都市伝説のような存在でした。おそらくミュウツーは人間のエゴによって人工的に造られた生命体だから、他の自然種と上手く調和できないんだろうなあと思います。かたや大自然の中で愛に包まれて育ったココは幸せ者ですね。ココはミュウツーとは違って、他の自然種と調和できますから。子供たちはみんなココみたいに、大自然の中で愛されながら育って欲しいものです。