かるあ学習帳

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「史上最悪のトゲピー!」考察~カオスからコスモスへの加速~

2009年9月10日に放送されたテレビアニメ版ポケモン史上最悪のトゲピー!」は、伝説的な「カオス回」としてヲタクの間で知られている。この回には他者を罠に陥れることを楽しむトゲピーとかいうポケモンが登場し、史上最悪のトゲピーの悪意に善人と悪人が翻弄される。この回はようつべで無料配信されているので、未視聴のお客様はこの機会に是非、上記の動画をご覧になって下さい。
 

カオスからコスモスへの旅立ち

主人公・サトシ達は悪役・ムサシ達の陰謀により、悪の組織ロケット団の秘密基地に幽閉されてしまう。しかし秘密基地の中には、経路は不明だが謎のトゲピーが侵入していた。このトゲピーは一見すると純粋無垢な赤ちゃんのような外見をしているけれど、常識では考えられないくらい性格が邪悪だった。トゲピーは秘密基地の内部をグチャグチャにかき回し、狡猾な謀略を用いてムサシ達をサトシ達と同じ牢屋の中に幽閉するのを楽しんだ。トゲピーは小悪党であるムサシ達を上回る悪党であり、主人公組も小悪党組もトゲピーの掌の上で踊らされることになる。
 

トゲピーは自分の「みがわり」を作り出してサトシ達を翻弄し、憤激したニャースを筆頭とするオスのポケモンを「メロメロ」で手籠めにしてしまう。本来は善良であるはずのピカチュウポッチャマすらもトゲピーの媚態に誘惑され、トゲピーの下僕として仕えるようになる。トゲピーニャースピカチュウを使役し、秘密基地の超次元最終システム」を作動させた。超次元最終システムによって秘密基地はロケットに変形し、サトシ達を収容したまま宇宙へ出発した。
 
ここまでのあらすじだけでも、この回が恐ろしくカオスに満ちていることがある程度伝わったかと思う。しかしこの回はカオス(混沌)だけに留まらず、混沌の先の広大なコスモス(宇宙)すらも出現させたのだ。
 

悪意が幸せを分け与える

トゲピーはロケットを利用して宇宙の果てに進出しようとしたものの、宇宙を飛行する伝説のポケモンレックウザの破壊光線によってロケットは撃墜される。ふざけた茶番のような回であるのに加えて、伝説のポケモンがしれっと出演している所が馬鹿馬鹿しさに拍車をかけている。しかも宇宙戦艦ヤマト』『新世紀エヴァンゲリオン』『ヤッターマンをあからさまにパクった作画演出があり、制作サイドが俺たちのやりたいアニメ」を好き放題に作っていることが窺える。
 
墜落したロケットは何とか着陸し、トゲピーは反省せずに疲れたから帰る」という自己中心的な理由で立ち去った。ここまで最悪なトゲピーに振り回されたのだから、サトシはおそらく大層気を悪くしてるだろうなと思いきや……事態は逆であった。なんとサトシは、超次元最終システムによって宇宙を冒険することを楽しんでいたのである!
 

サトシ「でも俺、宇宙に行けてちょっと感動したなあ!
ピカチュウ「ピカピカ!」
 

しかも墜落したロケットが大破したので、小悪党のムサシ達は瓦礫の中に閉じ込められて物語は終幕した。つまりトゲピーとかいう史上最悪で反省しないポケモンの悪意が、善人であるサトシを感動させ、小悪党であるムサシ達を懲らしめる結果になったわけだ。ポケモン図鑑では、トゲピー優しい人に幸せを分け与えるポケモンだと説明されている。この回のトゲピーは優しいサトシに善意によって幸せを分け与えるのではなく、悪意によって幸せを分け与えたのだ!
 

悪いことが悪いとは一概に言いきれない

この回を視聴していると、「悪意は一概に“悪い”とは言い切れない」ということがよくわかる。しかもトゲピーの悪意は善人を幸せにして悪人を不幸にしたので、史上最悪の悪意が生半可な善意よりも世界を改善するのに貢献したことになる。ちなみに私はこの回とは大体逆のパターンで、生半可な善意が史上最悪の結果をもたらす」場合もあることを指摘しておきたい。
 
宮台真司『終わりなき日常を生きろ』で、「さまよえる良心」というキーワードを提示している。現代では「良きこと」が不透明なので、良心がある人でも「何が良いことなのか」を判断しづらい。その結果衆生を救済する名目を掲げるオウム真理教に良心がある人々が導かれ、マインドコントロールされた善人が地下鉄にサリンを撒いたのである。
 
今、とある国のとある政党の党員の多くが、とある新興宗教に協力していたことが話題になっている。もしかしたら党員の中には、もともとは「この国を良くしたい」という良心がある政治家が存在していて、その良心に従っている成り行きで新興宗教に加担する結果になったパターンもあるのではないかと思う。このように、善意がある人間が良いことをしようとした結果、社会がとても悪くなる可能性は看過できない。
 

この世の中は、「悪意が悪い結果をもたらし、善意が良い結果をもたらす」という単純な理屈で動いていない。逆に「悪意が良い結果をもたらし、善意が悪い結果をもたらす」場合も存在する。そして良い結果が連鎖した末に悪い結果が出る場合があるし、悪い結果が連鎖した末に良い結果が出る場合もある。史上最悪のトゲピー!」のカオスは、ショボい秩序に収まった月並みな倫理観を破壊する、途方もない暗黒の力なのである。
 

史上最高の加速主義SF作家

「史上最悪のトゲピー!」の脚本を書いた米村正二さんは、『仮面ライダーカブト』のメインライターも担当した。俺は訓練されたポケモンヲタク兼仮面ライダーヲタクなので、「史上最悪のトゲピー!」と『劇場版仮面ライダーカブト GOD SPEED LOVEが両方とも米村脚本加速主義SFだってことにちゃんと気付いている。
 
「史上最悪のトゲピー!」ではトゲピーの悪意によってロケットが宇宙に飛翔し、劇場版カブトでは秘密機関ZECTの野心によって起動エレベーターが宇宙ステーションに接続される。つまり米村さんは、ポケモン仮面ライダーで「悪によって宇宙へと加速する想像力」を解放しているのだ。そして宇宙規模の加速が臨界点に到達すると、世界が救済される筋書きも共通してるんだな、これが。さらに「史上最悪のトゲピー!」にはヤマト・エヴァヤッターマンのオマージュが含まれていて、劇場版カブトではガンダムエヴァのオマージュが含まれている。両作とも過去の名作SFアニメの意匠を貪欲に吸収しているのだ。
 
「史上最悪のトゲピー!」と劇場版カブトは実質姉妹品だと思うし、史上最高の加速主義SF作家・米村正二ゼロ年代に残した人類には早すぎたオーパーツみたいな映像作品なんだよ。米村さんは仮面ライダー界隈ではアンチが多いけど、彼には呪われた妖刀みたいに鋭利な才能があると私は確信している
 
米村脚本のおそろしく速い想像力……オレでなきゃ見逃しちゃうね!