嫉妬に燃える、君は美しい。
私は昔、地元の美術館で、《嫉妬に燃えるキルケ/Circe Invidosa》 という絵を観たことがある。
この絵には、キルケという魔女が、嫌いな女を潰すために、入り江に毒薬を流し込んでいる様子が描かれている。
キルケは、グラウコスという海の神に、恋をしていた。
しかしグラウコスはキルケではなく、 スキュラとかいう別の女のことが好きだったのだ。
だからキルケは入り江に毒薬を流し込み、 水浴びをするスキュラを醜い怪物にしようと企んだのである。
スキュラは毒を浴びてキルケの思惑通りに醜い怪物になったのだが 、結局グラウコスはキルケに愛想を尽かし、キルケと絶縁したという。
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嫉妬は醜いものだと思われがちだが、 絵の中の嫉妬に燃えるキルケは、恐ろしく美しいと私は思った。
そして水面には何も燃え広がらないと凡庸な人間は考え がちだけれど、この絵の中では、キルケの嫉妬が、火焔のように燃え広がっている。
なぜ、私ではなく、あの女が選ばれたのか。
なぜ、私は、あの男に愛されないのか。
キルケは毒薬を真っ直ぐに見つめ、毒薬は真っ直ぐに水面に落ち、 キルケの長い脚は真っ直ぐに伸びている。
嫌いな女を潰そうという思いは真っ直ぐで揺るぎなく、 そこに迷いは全く無い。
そして垂直に落下する嫉妬が、水面で波紋を描きながら、煮え湯のごとく燃え広がっているように私には感じられる。
嫉妬に燃える、君は美しい。
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幸運に選ばれた人間、男に愛された女しか、 絵画や写真の主人公にはなれないのだろうか?
……そんなわけ、ないよな?
幸いなことに芸術という奴は、そこまで、 心の狭い奴ではないのだから。