かるあ学習帳

この学習帳は永遠に未完成です

『逆転裁判5』レビュー~黒歴史からの逆転~

私が初めて『逆転裁判5』をプレイしたのは、数年前の無職の頃でした。当時の私はいくら面接を受けても仕事が見付からなくて、心に余裕がありませんでした。フィクションを楽しめる程の心のゆとりが無かったので、『逆転裁判5をプレイしてもあまり楽しくなかった記憶があります。で、相変わらず厳しい状況だけど職が見付かった今になって『逆転裁判5』を再プレイしてみると……これが楽しかった!面白かった!今回は『逆転裁判5』の魅力を語ります。

 

f:id:amaikahlua:20210211102358j:plain

2013年7月25日発売
おすすめ度:★★★★☆(1~3程ではないが、普通に良作だと思う)
 

爽快な「ムジュン」探し

 

f:id:amaikahlua:20210211102624j:plain

逆転裁判5』は、主人公の弁護士が依頼人を無罪にするために法廷で論戦を繰り広げる「法廷バトル」ゲームです。このゲームには色々な面白さがありますが、特に面白いのは「ムジュン」探しでしょう。裁判所で証人が語る証言のおかしな箇所を探して、そこに異議を唱える。ムジュンを暴かれた証人は追い詰められ、弁護士と検事は舌戦を交わす。ムジュンを暴くのは爽快!派手な論戦は熱い!
 
学生時代の私は、単純に娯楽のために『逆転裁判シリーズをプレイしていました。この歳になって改めて『逆転裁判5』をプレイしてみると、このゲームは結構な脳トレになるなあと思います。推理やムジュン探しは頭を使うので、脳が鍛えられます。このゲームで行われるムジュン探しは、ネット上にあるおかしな情報に騙されないための良い訓練になると思いますね。
 
インターネットには、『逆転裁判』の証言みたいに「一見するとマトモそうに見えるけど、よく考えるとオカシイところがある情報」が数多く存在します。あからさまにオカシイ情報には、誰もそう簡単には騙されませんよ。問題なのは、一見すると実にマトモそうに見える情報です。こうした情報に騙されて恥をかかないようにするための思考法が、逆転裁判』をプレイしていると身に付くと思うんですよね。なんて為になるゲームなんだ!
 

暗黒時代から近未来へ

 

f:id:amaikahlua:20210211103703j:plain

逆転裁判5』では、「法の暗黒時代」というキーワードが繰り返し語られます。法の暗黒時代というのは、秩序が崩壊し、検事によるえん罪や弁護士によるねつ造がはびこる『逆転裁判5法曹界を指します。軽くネタバレになりますが、成歩堂弁護士のねつ造疑惑やユガミ検事の失脚などが原因で、法の信用が堕ちた社会が『逆転裁判5』の舞台になっています。

 

f:id:amaikahlua:20210211103313j:plain

逆転裁判5』の世界観は、近未来や科学の発展を感じさせます。希月弁護士は「ココロスコープ」という装置を使い、心理分析を行います。第4話、第5話は宇宙センターが舞台になっており、ロボットなんかも登場する。『逆転裁判1~3』霊媒師とかが出てくる関係で少しオカルトを感じさせる作風だったのですが、『逆転裁判5は科学にぐっと寄り添った感じがしました。まあ、第2話には妖怪が登場しますけどw
 
「法の暗黒時代」と「近未来」が同居している関係上、『逆転裁判5』では「暗い過去から明るい未来へと進んで行こう」というメッセージが語られます。逆転裁判5』をクリアすると、明るい未来へ向かっていく元気が貰えます。
 

f:id:amaikahlua:20210211103510j:plain

「暗い過去から明るい未来へと進んで行こう」というメッセージは、前作『逆転裁判4の不評から生まれたのではないかと私は推測しています。逆転裁判4はシナリオやキャラクターデザインなどの出来が悪く、ファンの間で低評価されている作品です。某所で「不朽の駄作」と評価されていて、思わず笑ってしまいました。逆転裁判4逆転裁判シリーズの暗黒時代を産み出した悪作であり、そこから何とか頑張って這い上がろう!という思いが『逆転裁判5』の制作スタッフにはあったのではないか……と私には思えてならないのです。その制作スタッフの思いが、『逆転裁判5』のシナリオに婉曲に反映されているんじゃないかなw
 

真面目な秀才たちによる良作

 
「『逆転裁判』は1~3が傑作」という意見をよく見かけます。私もその通りだと思います。『逆転裁判1~3』シナリオライター巧舟さんによる天才的なシナリオや激アツなBGM等が素晴らしく、ゲーム史上に残る傑作だと思います。正直、巧舟さんが制作に関与していない『逆転裁判5』は『1~3』よりは面白くないと思います。逆転裁判1~3』は陽気な天才巧舟が産み出した傑作」ですが、『逆転裁判5はせいぜい「真面目な秀才たちによる良作」だと思います。
 

f:id:amaikahlua:20210211104027j:plain

逆転裁判5はつまらないという意見をいくつか見かけましたが、私は普通に良作だと言える程度には面白いと思いました。逆転裁判5』のテキストは巧舟さんに文体を似せてありますし、作り手の高度な論理的思考力を感じさせます。第2話で妖怪の正体が二転三転するのには驚きましたし、第4話の酸素ボンベの目盛りのくだりは「すげーなー」と心底思いました。ユガミ検事はとても良いキャラだと思いますし、大河原センター長も濃くて好きですw
 
逆転裁判5』の第5話(最終話)は真犯人が非現実的なレベルの身体能力や変装能力を持っていて、読んでちょっと萎えました。でも、第5話には未来に向かって前向きに進んで行くための力強いメッセージが溢れています。この熱いメッセージ、しかと受け止めました。何かとんでもない失敗をして黒歴史を刻んでも、私たちは未来へと「逆転」できる。逆転裁判4の奈落から這い上がった『逆転裁判5』がその証拠品だ。くらえ!
 
〈追記〉
私は『少女と世界とお菓子の剣』三部作が『逆転裁判1~3』と同じくらい好きです。『少女と世界とお菓子の剣』は、とても良く出来たミステリです。ロリコン向け表現やエロゲーに抵抗が無い方は『少女と世界とお菓子の剣』三部作をぜひプレイしてみて下さい。特に苺ルート1は屈指の傑作ですw

心療内科で発達障害のテストを受けてみた結果……。

第一章:発案

 
私はこのブログで偉そうな事を色々書いていますが、現実の日常生活では惨めなダニのように暮らしています。
仕事ができないのでどこの職場でも厳しい視線を向けられ、今の職場でも性格の悪いとある上司に脅えながら働いています。
しかも強迫性障害統合失調症を患っており、心療内科に毎週通院しています。
仕事が上手くいかず、精神的にも追い詰められているので、医師に
 
「私ってもしかして、発達障害なんですかね?w」
 
と質問してみました。
すると医師は、
 

f:id:amaikahlua:20210204121329j:plain

もしかしたら統合失調症発達障害が併発しているパターンかもしれないね。
発達障害のテストをしてみないかね?」
 
と提案しました。
という訳で、発達障害のテストとやらをしてみる事にしました。
 

第二章:調査

 
発達障害のテストって一体どんなテストなんだ?
作文を書かされたり、変な絵を見せられてその絵について話したり、心理テストみたいな事をやらされたりするのかな?(ゾクゾク)
……などと妄想していたのですが、一枚のアンケート用紙を渡されて、そのアンケート用紙にチェックを入れるだけの簡単なテストでしたw

f:id:amaikahlua:20210204121629j:plain

「仕事中に不注意で間違いをする事がある」「同じ場所でじっとしているのが難しい事がある」とかいった項目があって、5段階で思い当たる箇所にチェックを入れていくんですな。
アンケートが終了した結果、自分に当てはまる項目がけっこうあったなという感じでした。
 

第三章:疑惑

 
私は医師に、アンケートを渡しました。
 
医師「アンケートをしてみた結果、どう感じましたか?」
私「けっこう心当たりのある項目が多かったですね。
前半の項目はほとんど当てはまって、後半にいくにつれて自分には当てはまらない項目が多いと感じました。
 
すると、医師から衝撃的な言葉が。
 
医師「まあ、後半の質問はダミーだから。前半の質問にほとんど該当するって事は、君にはADHDの疑いがあるね。」
私「マジですか……!?」

f:id:amaikahlua:20210204121854j:plain

医師「とりあえず、これから発達障害に効く薬を毎朝飲んで下さい。」
 
……という訳で、私には発達障害の疑いがあるという結果に終わりましたwww(爆笑)
 

結語:何者にもなれない男

 
この場を借りて、ゲスな告白をします。
私は医師から発達障害の断定をすぐに受け取り、障害者の肩書きを手に入れて今よりも楽に生きようと画策していました。
発達障害を患っている事を公的に認定されたら、親切な人々から保護を受けて今よりはある意味で暮らしやすくなるのではないかと内心期待していた……。
そして自分が発達障害である事を言い訳にして、自分がダメ人間である事を適当に誤魔化そうとしていた……。
 
しかし私は発達障害の疑いがある「容疑者」に今のところとどまっており、発達障害の「当事者」になりきることはできませんでした。
発達障害だと正式に認定されるためには、まだ多くの関門があるみたいなので。
私が残りの関門を突破するのは、かなり難しそうです。
高度な試験を突破してエリートになるのは難しいし、厳しい認定を通過して障害者になるのも難しい。
ブログやTwitterで自分が発達障害である事を悲観的に書いている人たちがいますが、彼らはある意味「厳しい関門を潜り抜けた猛者」なんですよ?w
私は結局、優秀な人間には遠く及ばず、発達障害スレスレの何者にもなれない凡庸なグレーゾーンダメ人間として生を終えそうな感じです。
 
ついでにもう一つ、告白しておくか。
私には発達障害の疑いがあるだけでなく、難聴の疑いもあります。
他人の話を上手く聞き取る事ができず、何回も話を聞き返してよく怒られます。
私は親から、メンヘラの遺伝子と、発達障害疑惑の遺伝子と、難聴疑惑の遺伝子を受け継ぎました。
 
だいぶ昔に流行ったサルトルとかいう哲学者(笑)がいます。
サルトルは、遺伝を信じませんでした。
 

f:id:amaikahlua:20210204122438p:plainジャン=ポール・サルトル(1905~1980)

もし私どもがゾラのように、これらの人物は遺伝のせいで、周囲なり、社会なりの作用によってこうなのだ、有機的なまたは心理的決定論によってこうなのだと明言したとしたら、人々は安心して、「なるほど人間はそういうものだ。誰だってこれをどうしようもないのだ」というだろう。ところが実存主義者は卑劣漢をえがくとき、「この卑劣漢は彼の卑劣さにたいして責任がある」というのである。彼は卑劣な心臓、肺臓、脳髄をもっているから卑劣なのではない。彼は生理的構造からそうなるのではなく、彼の行為によって自分を卑劣漢につくりあげたからそうなのである*1
 
んなわけねーよ馬鹿。
生まれつき優秀な遺伝子を受け継いだ人間は優秀な学者やスポーツマンとかになれる確率が高いし、生まれつき劣悪な遺伝子を受け継いだ私のような人間はダメ人間として人生を終える可能性が高い。
遺伝子が人間の能力だけでなく、外見に影響を与えるパターンも指摘できる。
かわいい顔になる遺伝子を持った女の子は可愛がられる可能性が上がるし、醜い外見になる遺伝子を持った人は外見のせいで他人に忌み嫌われる事がある。
いくら行為してもどうにもならず、生理的構造によって定められた宿命は確実にあるんだよ。
 
最後に、一人称を「俺」に変えよう。
俺は自殺せず、この灰色の世界を生きるよ。

*1:サルトル(伊吹他訳)『実存主義とは何か』、人文書院1996、pp.62-63

方法序説~どうすれば「何万文字もする長文記事」が書けるのか~

「何万文字もする長文記事」への憧れと達成

 

はてなブログの世界には、すごい人がたくさんいます。

 
毎日休まずに更新を続けている人。最新のテレビアニメをディープに考察している人。楽しい文章で人々を笑わせている人。読者数を500人以上獲得している人。小説やイラストを創作するのが上手い人。……など、ブログもまだまだ捨てたもんじゃないなあと思わせるすごい人々がはてなブログの世界には溢れています。
 
そんな中でも私が特にすごいと思うのは、「『何万文字もする長文記事』を書けて、しかもその長文を大勢の人々に評価されている人」です。
 
大学の卒論か!?と思ってしまうような大作長文記事を構成する能力。長文に大勢の人々を集める人望とカリスマ性。長文を高評価されるほどの文才。角が立つので具体的に誰だとは言いませんが(笑)、これらの能力を兼ね備えているブロガーは本当にすげえなあと思っています。私はいっとき学者に憧れていた事があるので、長文が上手い人を尊敬しているんだろうなあ。
 
そんな私ですが、先月『終ノ空の考察を2万字超えの長文で書き終わりました。有り難い事にこの『終ノ空』の考察には、今でも大勢のアクセスを頂いています。本当はあともう1ランク上の文章を書きたかったし、あともう1ランク上の反響を期待していたのですが(←欲深い)、私の実力不足で今一歩及ばず……でしたねwそこは今後の課題としておきましょう。
 
今回は、ブログ新参者の私がどうやって2万字超えの長文記事を書いたのかについて、気ままに書き残してみます。誰かの参考になったらいいな。
 

文章術としての『方法序説

 

f:id:amaikahlua:20210110145918j:plain

私が2万字超えの長文を書く際に参考にしたのは、デカルトの『方法序説』第2部です。デカルトは数学の難問を解決するため、4つの規則に従ったと言っています。*1
 

f:id:amaikahlua:20210110150143p:plainデカルト(1596~1650)

1、明証性の規則……疑う余地が全く無いほど明晰かつ判明に精神に現れるもの以外は、何も自分の判断の中に含めないこと。
2、分析の規則……難問をできるだけ多くの、しかも問題をよりよく解くために必要なだけの小部分に分割すること。
3、総合の規則……もっとも単純でもっとも認識しやすいものから始めて、少しずつ、もっとも複雑なものの認識まで昇っていくこと。
4、枚挙の規則……すべての場合に、完全な枚挙と全体にわたる見直しをして、なにも見落とさなかったと確信すること。
 
哲学者の古賀徹は『愛と貨幣の経済学』で、デカルトの4つの規則は文章術にも応用できることを指摘しています。4つの規則は、数学の難問を解くためだけではなく、文章を構成するためにも使える。興味深いですね。*2
 

f:id:amaikahlua:20210110150554j:plain

十七世紀に活躍したフランス生まれの哲学者であるデカルトは『方法序説』において、ものごとを正確に認識する学問の方法として、複雑な対象をできる限りの小部分に分割すること(分割)、その分割された最小のものを明晰・判明にじかに観ること(明晰・判明)、そのように直観されたものに順序を仮定すること(順序の仮定)、こうして順番に配置されたものがなにかを取り落としていないことを確認すること(レビュー)という四つの規則を挙げています。
 こうしたデカルトの四つの規則がそのままテクストを構成する方法であることに注意しましょう。*3
 
例えば『終ノ空』というゲームのシナリオは、4人の登場人物の視点と2つのエンディングに分かれています。ですので、考察対象を6つに分けます(分割)。そして、考察対象について間違いなく言い切れそうなことをひねり出します明晰・判明)。さらに、思い付いた考察を、重要性やゲームのシナリオの順序に合わせて配列します(順序の仮定)。最後に、考察の抜けているところをできるだけ埋めていきます(レビュー。こうしているうちに私は、2万字超えの『終ノ空の考察を完成させました。
 
ついでに、去年の『群像』2月号で東浩紀さんが話していた文章術も参考にしました。東さんは2000字くらいの文章で1つのブロックを作り、ブロックを組み合わせて文章を構成しているようです。この書き方は、字数を稼ぐのに便利そうですね。
 

f:id:amaikahlua:20210110150933j:plain

東:僕は自分の批評では、二千字ぐらいで一つのユニットにして、それをブロックみたいに組み合わせて文章をつくっています。*4
 

「何万文字もする長文記事」のリスク

 
ここまで書いておいてこう言うのもアレですが、何万文字もする長文記事を書くのは疲れますし、書き終わった後の誤字チェックなどもしんどいです。何万文字もする長文記事は書く側がしんどいだけでなく、読む側もしんどい。何万文字もする長文記事は、ブログを見に来て下さった読者様にも、多大な「読む負担」を与えると思います。
 
ここだけの話ですが……。私は去年、(マジで、常軌を逸脱したレベルで)天文学的なくらい文字数が多い記事が書いてあるブログを発見しました。Twitterでこっそりそのブログの評判を覗いたら、「文字がたくさんあって読みづらい」「この文章、最後まで読み終わった奴いるの?」とか、散々な言われようでした。まあそうですよね。クッソ長い文章を読んでウンザリするのは、お客様として当然の反応だと思います。
 
何万文字もする長文記事を書いて成功するのは、少なくとも私にとっては魅力的な栄光です。しかし、何万文字もする長文記事を公表するのには、少なからずリスクが伴うと思います。何万文字もする長文の他にも魅力的な書き方はいくらでもあるはずで、何万文字もする長文を書く前には「その書き方は最適解なのか」をよく考えた方が良いと思いますね。私は熟慮の末、『終ノ空の場合は大長編の考察にした方が良いと結論し、長文記事の公表を決断しました。
 
何万文字もする長文記事を書いて失敗したら、ネット上に巨大な「活字の屍の山」を残すことになるかもしれない。その覚悟が、あなたにはあるだろうか。

*1:デカルト(谷川多佳子訳)方法序説』、岩波文庫、1997、pp.28-29

*2:デカルト本人も、4つの規則が数学以外の諸学問にも有効に適用できる事を期待していた

*3:古賀徹『愛と貨幣の経済学』、青灯社、2016、pp.68-69

*4:東浩紀大澤真幸山城むつみ「いま批評を書くとはどういうことか」(『群像』2020年2月号)