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【インド哲学】『バガヴァッド・ギーター』をわかりやすく解説するよ!

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『バガヴァッド・ギーター』

上村勝彦訳

岩波文庫

1992年初版発行


みなさんは『バガヴァッド・ギーター』を読んだことがありますか?

『バガヴァッド・ギーター』ヒンドゥー教の代表的な聖典ですが、日本ではあまりよく知られていない書物だと思います。

ヒンドゥー教聖典というだけあって、『バガヴァッド・ギーター』には私たち現代の日本人には親しみのわかないことがたくさん書いてあります。

しかし、作中で偉大なクリシュナが説く現在への集中は、不安や後悔を取り払う素晴らしいアイデアだと思います。

今回はそんな『バガヴァッド・ギーター』について考察していきたいと思います。

 

カースト制度と戦争の肯定


『バガヴァッド・ギーター』は、パーンダヴァ軍とカウラヴァ軍が同族同士の戦争をしようとする場面から始まります。パーンダヴァ軍のアルジュナは、戦争で同族を殺さなければならないことを悲しみ、戦意を喪失します。なんと言いますか、冒頭からいきなり大ピンチです(汗)


戦場で同族を殺すことをためらうアルジュナに対して、なんとクリシュナは戦士としての戦いに専念するように説得します。クリシュナはアルジュナに、カースト制度(身分制度)によって決められた戦士としての義務を果たすことを勧めます。

 

「更にまた、あなたは自己の義務を考慮しても、戦慄くべきではない。というのは、クシャトリヤ(王族、士族)にとって、義務に基づく戦いに勝るものは他にないから」(二・三一)。

「苦楽、得失、勝敗を平等(同一)のものと見て、戦いに専心せよ。そうすれば罪悪を得ることはない」(二・三八)

 
戦争や殺人は良くないことだと教わっている私たち日本の現代人にとって、『バガヴァッド・ギーター』の教説はいささか野蛮に思えます。『バガヴァッド・ギーター』の問題点は、身分制度と戦争を肯定しているところだと私は思っています。『バガヴァッド・ギーター』はカントの『実践理性批判のように義務を重んじる哲学書ですが、普遍的に妥当する道徳法則ではなくローカルな身分制度に基づく義務を肯定しているので、そこから過激な結論が導き出されているかと思います。では次に、『バガヴァッド・ギーター』の良いところ、というか見どころを見ていきましょう。

 

現在への集中と強大なカーラ


クリシュナはアルジュナに、結果を気にせず戦士として戦うよう忠告します。『バガヴァッド・ギーター』の見どころは、成果主義の放棄です。成果主義の放棄が説かれる以下の教説は、とても格調高い文章です。

 

「あなたの職務は行為そのものにある。決してその結果にはない。行為の結果を動機としてはいけない。また無為に執着してはならぬ」(二・四七)。

アルジュナよ、執着を捨て、成功と不成功を平等(同一)のものと見て、ヨーガに立脚して諸々の行為をせよ。ヨーガは平等の境地であると言われる」(二・四八)。

 
勝敗や成功不成功などの結果を気にして行為すると、未来への不安が尽きません。そこでクリシュナは、欲望や執着を捨てて現在なすべき行為に集中し、心の平安を得るようにアルジュナに提案します。現在なすべき行為に集中することにより、未来への不安や過去への後悔を取り払うことができるのです。(参考文献:片岡啓「生老病死の苦界から」九州大学出版会『生と死の探求』所収、2013年)

 

「自己の義務の遂行は、不完全でも、よく遂行された他者の義務に勝る。自己の義務に死ぬことは幸せである。他者の義務を行うことは危険である」(三・三五)。


この教説は、読んでいてとても励みになりますね。完璧な仕事ができなくてもいいんです。肝心なのはカーストによって定められた自己の義務に専念することであり、他者の義務を行うことではないとクリシュナは言います。


第11章のクリシュナが強大なカーラとしての自分の姿を見せる場面も、格調高い文章で綴られています。

 

「私は世界を滅亡させる強大なるカーラ(時間)である。諸世界を回収する(帰滅させる)ために、ここに活動を開始した。たといあなたがいないでも、敵軍にいるすべての戦士たちは生存しないであろう」(十一・三二)。

「それ故、立ち上れ。名声を得よ。敵を征服して、繁栄する王国を享受せよ。彼らはまさに私によって、前もって殺されているのだ。あなたは単なる機会(道具)となれ。アルジュナ」(十一・三三)。 


補註によると、カーラという言葉には死や運命という意味もあるそうです。時間や死、運命に対する人間の卑小さを思い知らされます。強大なカーラであるクリシュナにとっては、アルジュナが殺すことをためらうカウラヴァ軍の同族たちも、たやすく殺すことのできる相手なのです。時間や死、運命の前には私たちは無力であり、私たちは強大なカーラに屈服するほかはないのです。

 

まとめ


インドにおけるカースト制度には問題点もあるのですが、カースト制度によって定められた義務に集中することによって得られる心の平安があるというのは興味深いことです。『バガヴァッド・ギーター』には不思議なことが色々書いてありますが、目に見える結果のためでなく、個人や人類よりも大きな存在であるクリシュナのために現在なすべきことを全力で行うという考え方は、とても崇高だと私は思っています。