かるあ学習帳

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ミヒャエル・エンデ『モモ』第一部を読んだ。

先月、NHKEテレの「100分de名著」で、『モモ』という児童文学が取り上げられました。で、試しに『モモ』を読んでみたのですが、かなり読み応えがありました。この本の対象年齢は「小学5,6年以上」らしいのですが、小学校高学年でこのお話を理解するのは難しいのでは?と思いました。今回は『モモ』の第一部を読んだ感想を書きます。論点が多い本だから、今回は第一部の感想だけでいっぱいいっぱいなんだよ(笑)。
 

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『モモ』
1976年初版発行
 

傾聴の達人

 
主人公のモモは、街はずれにある円形劇場の廃墟に住む、かなり変わった少女です。モモはいささか異様な外見と性格の持ち主ですが、近所の人たちと非常に良好な関係を築きました。モモは「相手の話を聞く才能」に恵まれていて、その才能が近所の人たちに有り難がられたのです。
 

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 モモに話を聞いてもらっていると、ばかな人にもきゅうにまともな考えがうかんできます。モモがそういう考えを引き出すようなことを言ったり質問したりした、というわけではないのです。彼女はただじっとすわって、注意ぶかく聞いているだけです。その大きな黒い目は、あいてをじっと見つめています。するとあいてには、じぶんのどこにそんなものがひそんでいたかとおどろくような考えが、すうっとうかびあがってくるのです。(p.22)
 

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「100分de名著」に出演した河合俊雄先生は臨床心理学者ですから、話を聞くモモの営みを、カウンセリングと結び付けて考察しておられます。悩んでいる人も、自分の悩みを相手に託すことによって、気持ちが楽になる。自分とは違った情報を持つ他人の話を受け止めるのは難しいことですが、モモは他人の話を聞く才能に恵まれていたのです。
 
これは私が自分で考えたことですが、「他人の話を聞くこと」は「自分の時間を他人のために費やすこと」であるはずです。自分の用事に追われていると、忙しさのあまり、他人の相談に付き合っている暇が無くなってきます。他人の話を聞くためには、他人に付き合えるほどの心や時間の余裕が必要だと思います。モモは、本当に豊かな魂の持ち主なのでしょう。
 

ヌルい集中

 
『モモ』には、ベッポという名前の道路掃除夫のおじいさんが登場します。ベッポは周囲の人々から変人だと思われているのですが、なかなか興味深い考え方の持ち主です。ベッポによると、長い道路をすごい勢いで掃除しまくるのは心身に良くない。いちどに道路全体のことを考えず、一歩ずつ着実に掃除することが大事だとベッポは考えます。
 

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「いちどに道路ぜんぶのことを考えてはいかん、わかるかな? つぎの一歩のことだけ、つぎのひと呼吸のことだけ、つぎのひとはきのことだけを考えるんだ。いつもただつぎのことだけをな。
 またひとやすみして、考えこみ、それから、
するとたのしくなってくる。これがだいじなんだな、たのしければ、仕事がうまくはかどる。こういうふうにやらにゃあだめなんだ。」(pp.48-49)
 

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俊雄先生は、ベッポの思想が禅に似ていることを指摘しています。「早く悟りを得たい(≒早く道路全体を掃除したい)」と考えてはならない。ゴールに意識を飛ばさず、「今・ここ」の修行(≒掃除)に集中することが大事だという考え方です。
 
私が読んだ限り、ベッポの思想は先月このブログで解説した『バガヴァッド・ギーター』にもまあまあ似ていると思いますね。バガヴァッド・ギーター』では、身分制度によって決められた義務を「今・ここ」で果たすことにより、精神の安寧が得られるとされています。
 
ついでに少し辛辣な事を言うと、ベッポの思想は『バガヴァッド・ギーター』と比べて集中の度合いが若干ヌルいなと思いました。バガヴァッド・ギーター』では過去・未来から解放された現在の徹底が説かれているのですが、ベッポは仕事の最中に若干未来の「つぎの一歩」のことを考えている。そこが若干ヌルく感じましたw
 

無駄話は贅沢な話

 
『モモ』の第一部を読んで印象的だったのは、物語の本筋から逸れた小話が複数挿入されているところですね子供たちが考えた架空の冒険譚や、観光ガイドのジジのホラ話などに、かなりのページ数が割かれています。正直、これらの小話の内容を省略しても、物語全体の進行には大して支障が無いように思えます。そこで私は当初、こう考えました。
 
「別にこんなに小話の内容を具体的に書かなくてもええやん!第一部の小話はぜんぶ無駄話じゃないの?」
と……。
 
ところが、物語を読み進めるにつれて、この考え方が実に罪深い考え方だと思わされました。『モモ』の物語では、効率的に考えたら無駄な話や、余計に思える空想に意義があります。他人のために時間を消費するのも、脱線した思考や発言をするのも、効率的に考えたら無駄があるかもしれない。しかし、その「無駄」こそが「豊かさ」をもたらすものであると、『モモ』を読むにつれて気付かされたのです。
 
〈参考文献〉
河合俊雄『100分de名著 モモ』、NHK出版、2020年
「無駄な事」こそが人々にとって大切な時間、というのはまさにその通りだと思います