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宇野常寛『ゼロ年代の想像力』書評

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ゼロ年代の想像力

ハヤカワ文庫
2011年初版発行
 
・単なる「趣味語り」に留まらない現代社会論
 
今回はゼロ年代の想像力とかいう本の書評をします。『ゼロ年代の想像力』は、批評家・宇野常寛のデビュー作です。『ゼロ年代の想像力』という物々しい題名や「批評」という言葉の厳めしさのせいで、何だかクソ真面目そうな本だなと思われるかもしれません。でも、ご安心(?)ください。この本の中身は非常にポップなサブカルチャー批評です。
 
この本では、ゼロ年代を象徴する文学や漫画、特撮やテレビドラマなどが幅広く批評されています。具体的に言うと、村上龍ケータイ小説、『DEATH NOTE』、平成仮面ライダーシリーズ、『池袋ウエストゲートパーク』などが批評されています。どうです、ライトなラインナップでしょう?批評している対象がライトなので、題名や表紙をもっと可愛いげのあるものにしたらもっと売れたんじゃないかな、この本w
 
この本の優れたところは、ただ単に流行りのものをレビューしているだけでなく、ゼロ年代の世相描出やゼロ年代を生き抜くための処方箋の提示にまで踏み込んでいるところです。単なる「趣味語り」に留まらない「現代社会論」を書ける宇野さんは、流石プロだなーと思いました。
 
・「セカイ系」から「バトルロワイヤル系」へ
 

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エヴァンゲリオン旧劇場版第25話「Air」より
新世紀エヴァンゲリオンに代表される90年代後半の想像力を、宇野さんは「古い想像力」と呼んでいます。90年代後半には「何も選択しないで(社会にコミットしないで)引きこもる」という、「引きこもり/心理主義」が流行しました。TV版エヴァの終盤や旧劇場版エヴァでシンジはエヴァに乗ることを拒否したり引きこもりのような状態になったりしますが、これが90年代後半の風潮をよく表していたというわけですな。
 

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アニメ『Fate/stay night』より
しかし2001年ごろから何もせず引きこもっていると生き残れない「サヴァイヴ感」や、根拠が無くても何らかの立場を選択しなければならない「決断主義」的な風潮が主流になったと宇野さんは考えます。90年代後半の「引きこもり/心理主義」は、ゼロ年代の「開き直り/決断主義」にシフトしたという。したがってこの本では、戦わなければ生き残れない生存競争を描いた『仮面ライダー龍騎や『Fate/stay night』などが、ゼロ年代を象徴する作品として挙げられます。宇野さんは「バトルロワイヤル状況」に陥ったゼロ年代の想像力を批評しつつ、ゼロ年代を超克する方法を模索します。
 
私は仮面ライダーが好きなので、第十二章「仮面ライダーにとって『変身』とは何か」を面白く読みました。子供の頃から個人的に好きになれなかった『仮面ライダー響鬼を批評するポイントがわかったので良かったです。私には駄作に思えたり、批評に値しないと思えたりする作品を上手に論じる宇野さんの力量は、心底凄いと思いました。
 
・日常と学識の欠乏
 
ハヤカワ文庫版の巻末インタビューで宇野さんご本人も仰っていることですが、この本は「日常系(空気系)」が流行る前に世に出たので、日常系に関する言及が少ないです。ゼロ年代の『らき☆すた』や『けいおん!』などの批評は、この本には載っていません。この本では過酷なバトルロワイヤル系への考察が濃密である一方、ノホホンとした日常系への考察が欠乏しているので、今読むと「俺たちのゼロ年代ってこんなに殺伐とした時代だったか?」と思ってしまうような現代社会論になっている。
 
また、宇野さんがこの本で古典や海外の思想家などについてあまり言及していないので、宇野さんの学問的な素養を少し疑いました(批評家は皆古典や西洋思想に詳しくなければならないとは流石に思いませんが…)。何と言うか、「現代の」「日本の」ことが集中的に書いてあるという感じ。この本を読んだ限り、宇野さんは現代日本の文化を解読批評するのに特化した頭脳の持ち主なのかなと思いましたし、良くも悪くも現代っ子の批評だなと思いました。偉そうだったらすみません。
 

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特撮ドラマ『仮面ライダー龍騎』より
宇野さんがこの本で何度も言及している『仮面ライダー龍騎』は、仮面ライダーたちが「ミラーワールド」という鏡の中の世界で戦うお話です。精神分析をかじったことのある人なら、『龍騎のミラーワールドはラカンの「鏡像段階と関係があることにすぐ気付くはずです。おそらく、斎藤環さんや東浩紀さんなら、すぐに鏡像段階の話をすると思う(笑)。でも、宇野さんはこの本で鏡像段階について全く語っていない。鏡像段階について語ったら『龍騎』についてはもっと凄いことが言えると思うんですが、言及されていないのは残念だった…。