かるあ学習帳

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『仮面ライダーディケイド』と『論理哲学論考』が語る世界と論理

本論では、前期ウィトゲンシュタインの主著論理哲学論考を補助線にして、仮面ライダーディケイドを考察する。
 

「物語=歴史」、そして世界の危機

仮面ライダーディケイド』は、平成仮面ライダーシリーズ10周年記念作品である。主人公・門矢士が変身する仮面ライダーディケイドは、並行世界を旅する「通りすがりの仮面ライダーである。ディケイドは9つの世界に分立する歴代主人公格ライダーを破壊し、「破壊から創造を生む」という使命を託された存在である。
 

士「あれは何だ?地球に見えるが。」
渡「ええ。地球。」
士「どうして、地球が?」
 

渡「9つの世界に9人の仮面ライダーが生まれました。それは独立した別々の物語。しかし今、物語が融合し、そのために世界が一つになろうとしている。やがて、全ての世界は消滅します。
 

渡「ディケイド、あなたは9つの世界を旅しなければいけません。それが世界を救う、たった一つの方法です。」
士「なぜ俺が?」
渡「あなたは全ての仮面ライダーを破壊する者です。創造は破壊からしか生まれませんからね。
 
上述の会話は重要なので、端的に要約しておこう。『ディケイド』の作中には9つの並行世界が登場し、9人の主人公格ライダーがそれぞれ別々の世界に配属されている。9つの世界はそれぞれ独立した「物語=歴史」を紡いできたのだが、今では9つの「物語=歴史」が融合しつつある。そうなったら世界も一体化して大変なことになるので、ディケイドが何とかしろよという話である。
 

真相をコンプリートすると世界が誕生する

『ディケイド』の作中では、「物語=歴史」「世界」が重要なキーワードになる。作中の「物語=歴史」と「世界」を読解するための補助線として、本節ではウィトゲンシュタインの『論理哲学論考』を導入する。『論理哲学論考』はBenediction Classics, Oxfordの英語版(2019)からの引用で、和訳は私=甘井カルアによるものである。私の和訳に異議のある読者諸賢は、コメント欄などで気兼ねなくご教授願いたい。
 
1 The world is everything that is the case.
1.1 The world is the totality of facts, not of things.
1.11 The world is determined by the facts, and by these being all the facts.
1.12 For the totality of facts determines both what is the case, and also all that is not the case.
1.13 The facts in logical space are the world.
 
(私=甘井カルアによる和訳)
1 世界は、真相と呼ばれる事柄の総体である。
1.1 世界は真相の総体であり、物体の総体ではない。
1.11 世界は真相と、全ての真相の存在によって確定される。
1.12 真相の総体によって、何が真実であり何が真実でないのかが決まる。
1.13 論理空間における真相が世界である。
 
ウィトゲンシュタインは、この世界で「成立していることがら」を"case"や"fact"と呼んでいる。ウィトゲンシュタインの言う"case"や"fact"は、通例では「事実」と和訳されることが多い。しかし私=甘井カルアは、『ディケイド』の考察をわかりやすくするために、"case"や"fact"を「事実」ではなく「真相」と訳したい。
 
例えば、ウィトゲンシュタインハイデガーヒトラーは、三人とも1889年に生まれた。彼ら三人がこの年に生まれたことは歴史に刻まれた紛れもない史実であり、歴史の真相である。「もしも」が存在しない歴史上の真相の総合体が、『論理哲学論考』では「世界」だと定義されている。そして歴史学者たちや「善意」ある報道人たちは、世界を構成する真相を究明する。
 
世界は真相の総体であり、物体の総体ではない。なぜならリンゴ」や「田中さんの肉体」のような物体をかき集めただけでは、世界は完成しないからだ。このリンゴが熟した」「田中さんが学校に遅刻した」とか言った状態を表す真相が集結しなければ、世界は成立しない。
 

「ライダー大戦」は「真相の混戦」である

さて、話を『仮面ライダーディケイド』に戻そう。『ディケイド』の作中の当初では、9つの並行世界が分離されており、9つの世界の歴史もそれぞれに独立していた。9つの世界では各仮面ライダーがそれぞれの悪役たちと戦闘を繰り広げており、9つの並行世界はそれぞれの真相をきちんと歴史上に刻んでいた。『ディケイド』の9つの並行世界は、各々の世界の歴史上の真相の総和によって確定されると言ってよかろう。
 
しかし、9つの世界が融合して一つになるとすれば、世界の論理は崩壊する。その大きな理由は、『ディケイド』の作中に出てくる9つの世界はそれぞれワガママなくらい個性的であり、これら9つは「混ぜるな危険」だからである。特に合わせ鏡によって無限増殖可能な龍騎の世界」と、タイムスリップによって歴史を改変できる「電王の世界」は非常に面倒な史実を刻んでおり、これらの「物語=歴史」が他の「物語=歴史」と融合したら世界の混沌は極まり、世界の論理が崩壊することは避けられない。
 

9つの世界が融合すると、地獄絵図のようなライダー大戦が勃発する
ここまで考察を進めれば、『ディケイド』の作中で描かれた「世界の崩壊」の意味がおわかり頂けたのではないかと思う。ディケイド』における「世界の崩壊」とは即ち、9つの「世界の真相」が融合してごった煮になり、グチャグチャのカオスが発生することを意味する。つまり世界の破壊者」とみなされた仮面ライダーディケイドとは「論理の破壊者」でもあり、作中の「ライダー大戦」とは「真相の混戦」を意味していたのだ(と俺は思っている)。
 
本論を踏まえれば、GACKTが歌う『ディケイド』OPテーマ曲「Journey through the Decade」の歌詞は、読者諸賢ならば容易に解読できるだろう。
 

見上げる星 それぞれの歴史が輝いて
星座のよう 線で結ぶ瞬間 始まる legend
 
オーロラ揺らめく時空超えて
飛び込む迷走する pararell world
(C)2009 石森プロ・テレビ朝日ADK東映
 
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『ディケイド』で勃発したライダー大戦は、「明晰に語りうる世界の内側で発生した紛争」だと私は思っている。その一方、平沢進の『論理空軍』は、「明晰に語りうる世界の外側で繰り広げられる狂気の空中戦」を描いていると解釈できるだろう。