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仮面ライダービルド軍事評論~国家暴力の箱が開くとき~

仮面ライダービルド』は、仮面ライダーシリーズにしては珍しく「政治」と「軍事」が大きなテーマになった作品である。さらに火星探査や地球外生命体の襲来も描かれ、SF色も非常に強い。ロシアウクライナ戦争やイーロン・マスクの火星移住計画がホットな話題である現在、『ビルド』ぜひ再評価されて欲しい作品である。
 

国家暴力の箱が開く

『ビルド』の物語は、パンドラボックスといういかにもヤバそうな箱が火星で発見される場面から始まる。パンドラボックスは宇宙飛行士・石動惣一によって発見され、日本に持ち帰られた。惣一が禁断の箱であるパンドラボックス開封したことを機に、日本の国家情勢は混沌を極めることになる。
 

開封されたパンドラボックスから謎の光が放出され、スカイウォール」と呼ばれる高い障壁が地面から生えてきた。スカイウォールによって、日本の国土は東都・北都・西都の三つに分断されることになる。この「国土が三つに分断される」という設定の元ネタは、中国の三国志ジョージ・オーウェル1984と私は推測している(あくまでも私の推測ですので、確証は無いです)
 

三国志は、中国の国土が魏・呉・の三国に分けられていた頃の歴史書である。『ビルド』の「三つに分断された国土」という設定は、『三国志を意識しているのではないだろうか。また、『三国志には劉備玄徳という蜀の皇帝が登場する。一方『ビルド』には、氷室幻徳という政治家が登場する。この「幻徳」という名前は、『三国志』の「玄徳」を「げんとく」繋がりでもじったのだと考えられる。
 

さらに、ジョージ・オーウェル1984は、オセアニアユーラシア・イースタシアの三国によって分割統治された世界が舞台になっている。1984』も分断された三国が出てくるし、戦争と国家暴力がテーマになっているので、この作品もまた『ビルド』の元ネタだと考えられる。『ビルド』の世界観が『1984』に似ているということは、宇野常寛『リトル・ピープルの時代』で提示した仮面ライダー像を刷新する出来事だったと思う。
 

『ビルド』のパンドラボックスから放出された光には、人間を好戦的にする性質がある。北都の首相や西都の首相はパンドラボックスの光を浴び、凶暴化して東都に戦争を仕掛けてきた。仮面ライダービルドに変身する桐生戦兎は、暴走した政治家による国家暴力」と戦うことになる。
 

『ビルド』の作中では、「仮面ライダーを軍事兵器として利用するかどうか」が重要な論点になっている。ライダーを防衛目的で開発した科学者、ライダーを軍事兵器として利用する政治家、ライダーを利用して自己を進化させようとする地球外生命体……などの思惑が、複雑に交錯している。
 

「脱政治的なポストモダンのヒーロー像」の転覆

宇野常寛『リトル・ピープルの時代』では、「ビッグ・ブラザーとはウルトラマンであり、リトル・ピープルとは仮面ライダーである」と定義されている。この定義をわかりやすく言うと、「ウルトラマンは国家や軍隊のような政治性と密接な関係を持つ巨大ヒーローだが、仮面ライダーは脱政治的な等身大のヒーローだ」という意味である。
 
ビッグ・ブラザーというのはオーウェルの『1984に登場する全体主義国家の支配者のことで、ウルトラマンは国家暴力に関係するビッグ・ブラザー的なヒーローだと宇野は言う。その一方、仮面ライダーは政治色が薄いポストモダンのヒーローだというのが宇野の見立てで、この見立ては『ビルド』が放送されるまでは一応有効だったと思う。
 
しかし『ビルド』は明らかに国家・軍隊・政治色が強い作品であり、ここまでやられると「仮面ライダーは脱政治的だ」という紋切り型の言説はもはや通用しないだろう。特に『ビルド』の中盤で開催された「代表戦」は、「私的な目的で戦う仮面ライダー像を刷新する画期的なイベントであった。
 

『ビルド』の代表戦では、分割された国土を代表するライダー同士が、国家の存亡を賭けて決闘を行った。*1従来の仮面ライダー同士のバトルは私的な事情で発生することが多かったのだが、『ビルド』の代表戦は国家の威信を背負った公的な戦いである。つまりビルド』は仮面ライダーに過剰なまでの政治・軍事要素を持ち込むことにより、脱政治的でポストモダン的な仮面ライダー像を覆した作品だったわけだ。
 

暴走するリヴァイアサン

2017年から放送された『ビルド』は、2002年から放送された『仮面ライダー龍騎の先を行くテーマを扱った作品だったと私は思っている。『龍騎』は無法地帯でのバトルロワイヤルからコンプライアンス法令遵守に至るまでの過程」を描いた作品だった訳だが、『ビルド』はコンプライアンスが成立した日本が戦争に陥る惨劇」を描いた作品だと思う。
 

龍騎』は、無法地帯での仮面ライダー同士の殺し合いを描いた作品である。多数の仮面ライダー「ミラーワールド」と呼ばれる鏡の中の世界で生き残りを賭けた戦いを行い、残った一人が自分の願いを叶えることができるという設定であったTV版『龍騎のラストではライダー同士の生存競争が一旦終了し、人々は平和な日常を送ることになった。
 
ホッブズリヴァイアサンによれば、自然状態の人間は絶えず「各人の各人に対する戦争」に曝されている。法や正義が存在しない闘争状態が人間の自然状態であり、死の恐怖が無い快適な生活を得るためには法律や国家が必要である龍騎』は『ビルド』と比べて政治的要素が希薄なのだが、TV版『龍騎』のラストで描かれたのは無法地帯から脱却した平和な日本国の風景」だと言えるだろう。
 

トマス・ホッブズ(1588~1679)

技術は、さらに進んで、自然の理性的でもっとも優れた作品、すなわち人間を模倣する。というのは、技術によって、ラテン語の「キウィタスCIVITAS」に当たり、〔われわれの言葉では〕「政治的共同体COMMONWEALTHあるいは「国家STATE」と呼ばれるかの「リヴァイアサンLEVIATHAN」が創造されるからである。このリヴァイアサンは、自然人よりもはるかに巨大な姿をしており、力もずっと強く、自然人を保護し防衛するように意図されている。*2
 
ホッブズは、国家を最強の聖獣であるリヴァイアサンに喩えている。国家は人間よりもはるかに強力であり、人間を防衛する「人工的動物」である。そして国家を代表する人物をホッブズは主権者と呼んだのだが、国家の代表が血迷って暴走する可能性をホッブズは過小評価していたという説がある。そして『ビルド』はまさに、パンドラボックスの光を浴びて血迷った首相による国家暴力を描いた作品なのである。
 
TV版『龍騎』では、法律や国家の保護が適用されないミラーワールドから平和な日本への回帰が描かれた。TV版『龍騎』のラストは、国家によって保証された平和を潜在的に信頼していると思う。しかし『ビルド』では冒頭から国家が保証する平和が脅かされ、暴走した首相が次第に戦争に踏み込んでいくのである。
 

国家は最大の暴力機関になりうる

この場を借りて言っておきたいことがある。国家は人間社会で最大の暴力機関になりうるし、首相や大統領は人間社会で最大の暴力者になりうる。
 
「暴力機関」と聞くと、暴走族・暴力団テロ組織・ショッカーのような秘密結社を真っ先にイメージする人が多いと思う。*3しかし反社やテロ組織などが犯行に及んだら、彼らの犯行は大抵は法律に違反する。そして反社やテロ組織は、大規模な軍隊を持てるほど強くはない。また、秘密結社は秘密の存在である以上、ある程度人目を忍んで悪事を働く必要がある。つまりこうした暴力機関には、巨大暴力を振るう国家よりはまだマシだと言える余地があるのだ。
 
国家は法的に正当と認められた暴力の独占機関であり、首相や大統領は軍隊を使用して公衆の面前で武力攻撃を決断できる。国家や首相や大統領は、『龍騎に登場した犯罪者の浅倉がヤンチャに思えるほどに凶悪な存在になりうる。浅倉は何人も人を殺したが、彼は明らかに法的に処罰できるし、TV版の最終話では結局ああいうことになったしな。
 
『ビルド』では、国家暴力を操る首相や地球外生命体が登場する。仮面ライダービルドが戦った悪役の半端ない厄介さが、ここまでの説明で伝わったら私は嬉しい。

*1:より厳密に言うと、非ライダーの「リモコンブロス」と「エンジンブロス」も代表戦に参戦したわよ

*2:ホッブズ加藤節訳)『リヴァイアサン・上』、ちくま学芸文庫、二〇二二、一九頁。

*3:オウムのようなカルト宗教はちょっと微妙な問題だよなあ……。私の手に余るので、すまんけど今回は棚に上げさせてくだされ