かるあ学習帳

この学習帳は永遠に未完成です

実話・アイちゃんの童謡

私は小学6年生の頃、重い鬱病を患っていた。
いつも気分が憂鬱で、家でも学校でもずっと泣いていた。
周りの大人たちから「泣くな」と言われても涙が止まらなくて、生きることが辛かった。
 
私が所属する6年3組には、ノノムラという問題児がいた。
具体的な説明は省くが、ノノムラの存在はクラスのみんなの恐怖で、学校の先生も手を焼いていた。
 
また、6年生になると中学受験シーズンになるのだけれど、私は受験が必要無い公立中学に通うことにしていた。
そのため、中学受験ガチ勢と私の間の学力には大きな差が付いた。
子供は残酷なので、中学受験生たちは「あのカルアって奴、馬鹿だよな~ww」と、私のことをよく嘲笑したものだ。
私は中学受験ガチ勢との学力格差を埋めようと思ったが、その差はなかなか埋まらなかった。
 
私はノノムラが暴れる学級崩壊のクラスに馴染めなかったし、中学受験生たちに馬鹿にされているうちに自尊心を大きく喪失した
小学校が休み時間になると私は居心地の悪い教室から走って逃げ去り、校内にある人目に付かない秘密の場所に隠れてうずくまった。
 

「僕はノノムラに抵抗できない。みんな僕のことを馬鹿にする。僕は弱い。僕にはいいところが全く無いんだ。」
私はノノムラが怖かったし、自分のことが嫌いだった。
誰もいない秘密の場所でうずくまり、泣くことしかできなかった。
 
ある日の休み時間、私はいつものように秘密の場所に逃げ、いつものように秘密の場所でうずくまっていた。
すると秘密の場所に、アイちゃんハルカちゃんという二人の女の子が訪れた。
この場所なら誰にも見付からないと私は思っていたのに、アイちゃんとハルカちゃんは、なぜ私の居場所がわかったのだろう?
そしてアイちゃんは、私にとんでもないことを言った。
 

「カルア君、私とこの女のどっちが好き?……私だよね?……私のほうが好きだよね?私のほうが好きだって言ってくれないと私泣く!泣いちゃうよ?……カルア君、それでもいいの?」
 
私は驚きのあまり、言葉を失った。
学校に馴染めず、秘密の場所の隅で泣くことしかできない自分のような人間のことを、アイちゃんとハルカちゃんが好きだなんて。
しかもアイちゃんとハルカちゃんはまだ小学6年生なのに、大人の女の人のような表情で私を見つめていた。
私のような子供にも、こんなことってあるのか。
 

「カルア君……この女よりも私のほうが好きって言って……そうしないと……泣く」
 
ここで私が何か積極的な言動を取り、小学生の恋愛関係に発展したら話がもっと面白くなったかもしれない。
しかしアイちゃんとハルカちゃんにいくら好かれても、私は自分のことがとても嫌いだった。
自分は無力で、頭が悪いと大勢に馬鹿にされて、泣き虫な人間だ。
僕は自分のことが嫌いで、自分のことを許せない。
 
(僕のようにダメな人間には、アイちゃんとも、ハルカちゃんとも付き合う資格が無い)
(アイちゃんや、ハルカちゃんを、失望させるのが怖い)
 
私は秘密の場所でうずくまったまま、沈黙を貫いた。
アイちゃんとハルカちゃんは、発情した動物のように目を潤ませて、私の返答を待った。
そのうち学校のチャイムが鳴り、アイちゃんとハルカちゃんは教室に戻り、私も重い腰を上げてノノムラがいる最悪のクラスに戻った。
 
アイちゃんは私のことが本当に好きだったらしく、それからも私の後をいつもつきまとった。
しかしアイちゃんにいくら好かれていても、私は自分のことがどうしても嫌いで、自分のことを許せなかった。
だから私は、自分がアイちゃんと付き合うことも、自分に許さなかった。
そのうちアイちゃんは、私に言い寄るのをやめた。
 
 

私は最近、アイちゃんが作曲家になったことを知った。
アイちゃんは音楽系の名門大学に進学し、かなり有望な作曲家になっていた。
アイちゃんはポピュラーミュージックではなく、童謡や芸術寄りの音楽を作っている。
 
アイちゃんが作った童謡がYoutubeにアップロードされていたので、私は試しに聴いてみた。
その童謡は優しい童謡で、作詞・作曲・歌唱は全てアイちゃんが担当していた。
アイちゃんが悪に染まらず、上品な音楽を作れる素敵な女性になったことが、私は嬉しかった。
アイちゃんの歌声、しかも童謡を聴いていると、子供の頃を思い出さずにはいられない。
私は無力で泣くことしかできなかった小学6年生の頃の心境に返り、恥ずかしいけど、涙が止まらなかった。
 
私は小学校の作文で、
「ぼくには、いいところが、全くありません。」
と書き、担任の教師を困惑させたことがある。
しかし小学6年生の私にも、いいところはあったのだろうと今では思える。
 

なぜなら、小学生のアイちゃんが本気で恋をした男は、この私なのだから。