かるあ学習帳

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スヴェトラーナ・セミョーノヴァ『フョードロフ伝』~ロシア宇宙主義への誘い~

ニコライ・フョードロフ(1829~1903)

ニコライ・フョードロフは、ロシア宇宙主義を代表する哲学者である。フョードロフは、ドストエフスキートルストイに影響を与えた。そしてロシア宇宙主義から派生してソ連人工衛星スプートニク打ち上げたし、ロシア宇宙主義は加速主義とも密接な関係を持つ。また、フョードロフの哲学はシリコンバレーイノベーション戦略の先駆けのような内容である。
 
フョードロフは注目に値する哲学者だと私は思うが、日本ではおそらくあまり有名ではない。そしてフョードロフの著作を日本で手に入れるのは、かなり難しい。しかし私はスヴェトラーナ・セミョーノヴァフョードロフ伝』を、オンラインショッピングで入手した。『フョードロフ伝』はフョードロフ哲学の入門書であり、プレミア価格の12,000円で売られていた(笑)。今回は皆さんに、私が『フョードロフ伝』を読んで学んだことをお裾分けしたい。
 

『フョードロフ伝』
スヴェトラーナ・セミョーノヴァ
1998年6月15日発行
 
フョードロフ哲学の二大テーマは、「死者の復活」宇宙への移住」だと言えるだろう。フョードロフの哲学は、人間は死んだらもうおしまいだ」「地球が滅亡したら人類はもうおしまいだ」という見解に「否」を突きつける。
 

死者の復活

フョードロフは、「人間は死んだらもうおしまいだ」と考えない哲学者である。なぜならフョードロフは、死者を復活させようとする思想の持ち主だからだ。
 
フョードロフは19世紀後半の哲学者だが、18世紀に臨死者が電気ショックで蘇生した成功例に注目した。一世紀も昔に、死にそうな人が科学技術によって復活したのだ。だったらこの先人類が努力を積み重ねれば、我々は死を克服できるのではないだろうか?したがってフョードロフは、「死んだらもうおしまいだ」という考え方に抵抗する。
 

すべての死者は、彼らが生から離れた時がいかに遠い過去であろうとも、臨床的な死者にすぎないと見做すべきであり、またすべての生者は、一つの世代から次の世代へと生を重ねながら生きている限りは、死者の死が無効であることを最終的に証明するためにーすなわち、死者に生を取り戻す手段を模索するために、動員されているものと見做すべきである。フョードロフは、死は、死者の復活のためのありとあらゆる手段を、果てもなく長い時間をかけて試し尽くした挙げ句、それでもなお積極的な結果に至らなかった場合に初めて現実として認め得るものだと考えている。(p.154)
 
ハイデガー存在と時間によれば、私たち人間=現存在は「終わりへと関わる存在」である。私たちはあらゆる瞬間に死ぬ可能性があり、現存在は死んだら終わる。しかしフョードロフは、人が死んでもそこで終わりだと諦めない。人類が死者を復活させる努力をし尽くした末、どうあがいても無駄だったら死に屈しよう……というのが、フョードロフの立場である。さらにDNAの遺伝コードを解明すれば、死んだ祖先すらも復活させられることをフョードロフは期待した。
 
フョードロフが語った「死者の復活」は、あまりにも非現実的すぎて理解に苦しむ思想だと思われた方もおられよう。しかしシリコンバレーを代表する起業家ピーター・ティーは、寿命延長と不死の研究に熱心に投資していることで知られている。さらにティールは死を克服しようとしているらしいし、ゲノム学による加齢の逆行も考えているっぽい。また、フョードロフの復活思想は、「過去の情報を再現する」メディアアートの世界にも影響を与えた。
 

宇宙への移住

フョードロフは19世紀後半の哲学者だが、人類は宇宙に移住するべきだ」という、恐ろしく進んだ思想の持ち主だった。将来的に地球は滅び、太陽も滅びる。だから人類は宇宙に進出しなければならない。そして人類は、太陽系の先の宇宙も開拓しなければならない。地球の崩壊を静観するのは、フョードロフにとっては悪しき怠慢であった。
 

 十九世紀末の時点ですでにフョードロフは、人口増加に伴う地球資源の枯渇、太陽の消滅などの宇宙的カタストロフィーそうした避けがたい終末をいずれ迎える人類にとって、唯一の活路は、新しい住環境を獲得し、太陽系を手始めにやがては宇宙のさらに遠くの地域をも改造してゆくことであると考えていた。

 フョードロフにとって、「われわれの住居や墓地が次第に崩壊してゆくのを、手を拱いて消極的に静観していることは、今生きている自身の世代を破滅させるばかりでなく、未来も、すべての過去も失い、兄弟のみならず父祖に対しても罪を犯すことであり」、これはきわめて不道徳な、人間の名に値しない行為である。(p.186)
 
さらにフョードロフは、宇宙での生活に耐えうるように人類を進化させる思想も持っていた人類は宇宙に進出できるように技術を進歩させるだけでなく、自らの器官も進化させなければならない。
 

 フョードロフの考えでは、技術の発達は、一時的、副次的なものであり、発達の中心とはなり得ない。いま必要とされているのは、人間が同じだけの知力、創造力、計算力、閃きの才を、自身の器官のいわば人工的な付属物にではなく、器官そのものに施し、器官を「改良」、発達させ、最終的にはラディカルに変容させることである(つまり、人間自身が、飛翔力や遠視力などを身につけることが必要なのである)。これこそが、精神生理学的統御の課題、「有機的」進歩の課題となるのである。(p.189)
 
フョードロフのロシア宇宙主義哲学は、思想ヲタクの間でガンダムに似ている」とよく指摘される。機動戦士ガンダムでは、人口が増えすぎたので、人類の多くがスペース・コロニーに移住している。また、宇宙での過酷な環境に適応した新人類を、ガンダムシリーズニュータイプと呼んでいる。昭和のアニメにしては鋭すぎる発想で作られた『機動戦士ガンダム』よりも、フョードロフ思想はさらに一足先に人類には早すぎた領域に足を踏み入れていたのである。
 

コンスタンチン・ツィオルコフスキー(1857~1935)

コンスタンチン・ツィオルコフスキーは、フョードロフから直接教えを学んだ物理学者&SF作家である。ツィオルコフスキーはロケット工学の基礎を築き、世界初の人工衛星スプートニクの打ち上げに貢献した。また、イーロン・マスク「地球は近いうちに滅びるので、人類を火星に移住させよう」と思っていることで知られている。木澤佐登志『ニック・ランドと新反動主義によれば、ロシア宇宙主義の理念はマスクの火星移住計画に受け継がれたという。(でも、マスク本人はロシア宇宙主義に詳しいわけではなさそう。)

フョードロフが提唱した「宇宙への移住」は「死者の復活」に負けず劣らずぶっ飛んだ発想だし、宇宙レベルのスケールを持つ。しかし宇宙を夢見ることを忘れない一部の大人たちは、フョードロフの意志を受け継ぎ、挑戦を諦めない。あらゆる努力を惜しまず、それでも成果が出なかったら負けを認めるべきだという屈強な精神を、私たちはフョードロフから学ぶことができる。