かるあ学習帳

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加速主義SFとしての『劇場版仮面ライダーカブト GOD SPEED LOVE』

最初に言っておく。『劇場版仮面ライダーカブト GOD SPEED LOVE(以下、劇場版カブト)は、人類には早すぎた加速主義SF映画だと私は思っている。劇場版カブトでは、TV版と同様に、仮面ライダー加速装置「クロックアップシステム」を用いた戦闘を行う。さらに劇場版では巨大加速装置を使用した宇宙開発が行われ、宇宙空間でのライダーバトルが展開する。そして物語は加速の果てに、「加速と減速を使い分ける」という思想に到達する。
 

加速する闘争の果てに

劇場版カブトの冒頭では、巨大隕石が地球に衝突し、世界は荒廃する。地球上の水資源は枯渇し、隕石の中から大量の地球外生命体「ワーム」が湧き出てきた。この冒頭で描かれる世界の終末は、『エヴァンゲリオンシリーズの「セカンドインパクト」を意識してると思う。エヴァセカンドインパクトによって「海水面が上昇した世界」が舞台になってる一方、劇場版カブトは隕石衝突によって「海水が干上がった世界」が舞台になってるのよ。ちなみに劇場版カブトの隕石の場面は『機動戦士ガンダム 逆襲のシャア』『君の名は。』との関連性も指摘されていて、この辺の問題を詮索してみると沼にハマりそうな感じがするね。
 

仮面ライダーカブトに変身するのは、水嶋ヒロが演じる主人公・天道総司である。天道は自分のことを、その名の通り天の道を往き、総てを司る男」だと自称する。天道は劇場版カブトで軌道エレベーターに乗り込み、全てのヘゲモニー(覇権)を掌握する」という、自分の名前にふさわしい活躍をするのである。
 

ZECTゼクトとかいう作中の秘密機関は、地球の水資源を確保するために「天空のはしご計画」を実行した。地上と宇宙を結ぶ軌道エレベーターを建設し、宇宙ステーションの加速装置を使って巨大な移送空間を作り、氷のかたまりである彗星を地球上に転送する。そうすれば地球の水資源は再生し、世界は救済される。つまり劇場版カブトでは、天空に向かって生える軌道エレベーターが文字通り「天の道」になってるわけなのよ。
 

しかしZECTは「天空のはしご計画」を慈善事業でやってるわけではなく、支配力を増加させたい野心で実行していた。劇場版カブトにはZECTに反旗を翻すネオZECTとかいう野党みたいな組織が現れたり、各陣営に陰謀や裏切りがあったりして、色々きな臭い感じになっている。その流れで仮面ライダー同士が時に加速装置を用いた超高速ライダーバトルを行い、多くのメインキャラが死にまくるんですわ~(苦笑)
 

劇場版カブトの終盤ではZECTの野望を阻止するため、天道と彼の相棒・加賀美仮面ライダーに変身して軌道エレベーターを上った。加速装置を使って宇宙ステーションに到達した二人の主人公の前にZECTの用心棒・仮面ライダーコーカサスが立ちはだかる。コーカサス超加速装置「ハイパーゼクター」を使い、通常の加速装置を超えた速度で戦うことができる。しかし天道は苦戦しながら、コーカサスからハイパーゼクターを奪うことに成功する。
 

天道は敵から奪ったハイパーゼクターを使って、仮面ライダーカブトハイパーフォームに進化した。カブトハイパーフォームは超加速を行うだけでなく、時間を巻き戻すこともできる。カブトハイパーフォームは時間を巻き戻し、巨大隕石が落下した過去の歴史を改変した。カブトハイパーフォームの時間巻き戻し能力は、加速の対極にある減速(?)だと本稿では解釈したい。劇場版カブトでは加速装置を使った戦闘や競争が激化した後、天道が「加速と減速を自在に使い分けられる」ようになって大方の問題が一応解決した。
 

加速主義・減速主義・脱成長・気候変動問題の豪快な解決

劇場版カブトが放映されたのは2006年で、その10年ぐらい後の論壇で「加速主義」が注目されるようになった。現代思想2019年6月号で加速主義特集が組まれたり、同年に『ニック・ランドと新反動主義』が発売されたり、去年宮台真司の『崩壊を加速させよ』が発売されたりした。加速主義には色々な流派があり、私は経済学や社会学は専門外である。そんな私なりにざっくりと要約すると、資本主義や技術革新を加速させ、現代社会の行き詰まりを突破しようぜ!」という考え方が加速主義であろう。
 

しかし2020年に斎藤幸平さんの『人新世の「資本論」』が注目され、「減速主義」「脱成長」という考え方も広まった。斎藤さんは加速主義に反対し、経済成長を減速させて持続可能な社会にしていこうと提言している資本主義が発展すると格差が拡大し、技術革新が発展すると地球環境が悪化する恐れがあるなどの理由で資本や技術を無闇に成長させるのはやめようぜという思想が「減速主義」「脱成長」である。
 
ようつべで加速主義に関する動画を漁っていると、宮台さんや斎藤さんに加えて、ホリエモンひろゆきみたいな「天才インフルエンサーたちが激論を交わしていた。このまま経済や科学を加速させてもいいのか?成長という発想を捨てるべきなのか?インフルエンサーから程遠い私はただ「アッアッ」としか言えない。ただ、これだけは言わせて欲しい……
 
「今加速主義者や減速主義者が話し合ってる問題について、2006年の劇場版カブトがそれっぽい解決策みたいなものを出してますよ」と。
 
劇場版カブトは、「激化する宇宙開発の末に、仮面ライダーカブトが加速装置と減速装置を使い分けられるハイパーフォームに成長することによって、気候変動から人類を救う」という結末になっている。ヒャッハー、この結末なら加速主義も減速主義もそれなりに正しいことになるし、成長も諦めないで済む。しかも気候変動も阻止できたから最高!劇場版カブトの解決策は現実離れしすぎていて、そのまま参考にはしづらいと思いますが(苦笑)、天道は加速主義の文脈でも「総てを司る男」だと思うんですよ。
 

恐ろしく速い想像力

宇野常寛ゼロ年代の想像力』『リトル・ピープルの時代』とかいう本がある。この二冊は仮面ライダーを文芸評論みたいな口調で解説した本で、小学生並の感想に甘んじない意識高い系のヲタクの間で愛読されている。この二冊では『クウガ』や『555』とかの解説は充実してるのだが、不思議なことに『カブト』については殆ど書かれていない。まあ仕方無いかもしれない。カブト』はこの劇場版に比べてTV版の出来が良くなかったので、宇野さんは気の利いたことが言いづらかったのだろう。
 
さらに『カブト』は宇野さんの言う「ゼロ年代」や「リトル・ピープルの時代」よりもさらに先を行く想像力で作られた作品なので、宇野さんの視点では長所を見出しにくいだろう。日本の批評界隈で「加速」というキーワードが真剣に重視されるようになったのは2010年代後半ごろだと推定されるので、加速装置を用いた超高速ライダーバトルに着目した『カブト』の鋭さは、宇野さんの守備範囲を超えていたのだと思う。つまりこの『カブト』とかいう作品自体の想像力が、人類には早すぎる領域まで「加速」していたのである。
 
仮面ライダーカブト』のおそろしく速い想像力……オレでなきゃ見逃しちゃうね!