かるあ学習帳

この学習帳は永遠に未完成です

ほぼ実話・現像された複雑な感情

私は昔、写真屋で働いていたことがある。
 
具体的な説明は省くが、私は写真屋で、接客や写真の現像に携わっていた。
しかし残念ながら、職場での私の評判は、とても悪かった。
 
写真屋の店長は私に、
「カルア、お前は愛想が無いし、上から目線だし、他人をよく怒らせることがある。……お前は、商売に向いてないんだ。
と、厳しく注意した。
そして私は不器用で仕事が遅かったので、職場の先輩も、私に厳しい視線を送っていた。
 
 
その写真屋には、サヲリ(仮名)という若い女性が勤務していた。
サヲリの外見はとても美しく、サヲリは性格も良かった。
思い切ったことを言うと、サヲリは桃谷エリカを善良にした感じの外見だった。
ともかくサヲリは見た目も中身も天使のように美しかったので、職場の大勢の人々に好かれていた。
 
しかしサヲリは大勢に好かれていても、大勢に助けられているわけではなかった。
 
写真屋の仕事がクッソ忙しい時期に、サヲリが現像室の中で、たった独りだけで、必死に働いていたことがあった。
サヲリがあまりにも辛そうなので、私は、サヲリの仕事をよく手伝った。
仕事の修羅場が終わった後、サヲリは私に礼を言った。
 

「……カルア君、さっきはありがとう。……私、薄暗い現像室に独りっきりで、すごく不安だったんだ。もしもカルア君が手伝ってくれなかったら……、私、店長や先輩に怒られていたかもしれないね。」
 
……そういうサヲリは、とても寂しそうな表情を浮かべていた。
私はサヲリが、何か言いようの無い悲しみを抱えているように思えた。
 
 
私よりも格段に気が利き、手先も器用なサヲリは、写真屋の仕事に明らかに向いていると私は思っていた。
しかしサヲリは唐突に写真屋の仕事を辞め、隣町で事務員の仕事をすると言い、職場の人々を驚かせた。
しかもサヲリが今の仕事を辞める理由があまりにも意外過ぎて、私は唖然とした。
 

「……私、この写真屋で接客の仕事をやってみたけど、ハッキリ言って、私は接客に向いてないと思ったんです。私、このまま、接客の仕事なんて、やりたくない。……だから、これから、事務職を始めることにしたの。」
 
私はサヲリの発言に動揺し、思わず必死で反論した。
 
「……お前、自分のことを接客に向いてないと思ってるの!?そんな事ないって!俺なんかよりもサヲリのほうが数万倍接客に向いてると俺は思うぜ?少なくとも俺はずっと、サヲリはこの写真屋で働くのに向いてると思っていたよ!」
 
私がこう言うと、サヲリからさらに意外な返事が返ってきた。
 

……私、カルア君は将来、お金持ちや会社の重役になれそうだなと思っていたんです。カルア君はいずれ、どこかの会社の偉い人になれるような人だと、私はずっと思っていました。
 
もしも自信家で調子の良い男ならば、サヲリにこう言われたら、有頂天になって喜んだだろう。
しかし当時の私は職場の店長や先輩に無能だと思われていて、そのことを苦々しく思いながら働いていた。
そして仕事が終わって家に帰る度、私にはこの先良い未来が全く用意されていないと感じられた。
だから私はサヲリからの褒め言葉を、素直に受け止めることができなかった。
それどころか、サヲリは私に、皮肉を含めたお世辞を言っているようにすら思ってしまった。
 
……残念だけど、俺はそうとは思えないね。俺みたいな無能が、金持ちや会社の重役になれるはずがない。……だって俺、店長から商売に向いてないと思われているし、他の先輩も俺の力量に失望してるんだぜ?俺なんてどうせ、どうあがいても金持ちや会社の重役になんてなれないに決まってるんだよ。
 
私の返答はあまりにも無粋で自虐的だったから、気を悪くする人間がいてもおかしくない。
しかし機転の効くサヲリは、気を悪くした様子を私に見せなかった。
サヲリは寂しさを押し殺したような笑顔を見せながら、私に感謝の言葉をはっきりと伝えた。
 

……ううん、そんなこと、ないよ!……そんなこと、ないんだって!………私、短い間だったけど、カルア君に会えて、しかもカルア君に仕事を手伝ってもらって、とっても幸せでした!
 
 
サヲリが写真屋の仕事をする、最後の日が訪れた。
その日、サヲリが使い捨てカメラで撮った写真を、私が現像することになった。
私が現像を担当したのはサヲリが望んだことではなく、職場のシフトで決まったことだ。
私はサヲリが撮った写真を現像し、その写真の内容に大きな衝撃を受けた。
 
サヲリが撮った数々の写真には、サヲリと、私が全く知らない、若くて感じの悪い一人の男が一緒に写っていた。
明らかにこの男は、サヲリの彼氏だろう。
 

サヲリは見た目も中身も、実に美しい女性だ。
だからサヲリに彼氏がいても、さほど驚くに値しないだろう。
……しかし、私の勘と推測が正しければ、サヲリの彼氏は、サヲリに対して、あまり親切ではない男なのではないかと思う。
職場の人々がなぜかあまりサヲリを助けなかったのと同じように、写真に写るサヲリの彼氏もサヲリをあまり助けない人のように私には思えた。
そしてサヲリは今の彼氏と寄り添いながら、自分の彼氏に内心不満を感じているのではないかとも私は思った。
自分に対して不親切な彼氏に不満を抱きながら暮らしていたサヲリは、職場の現像室で救いの手を差し伸べた私の親切に感謝していた。
……実情はだいたい、そんな所ではないだろうか。
仮に私の憶測が間違っていたとしても、私の親切が、私の予想以上に、サヲリの心の支えになっていたことを私は実感した。
 
私はサヲリが撮った写真を現像室で眺めながら、サヲリが抱える複雑な感情を想像した。
今日、この写真屋を去るサヲリに対して、私は何か気の利いたことを言いたかった。
しかし当時の私は、あまりにも幼稚で未熟で無力だった。
だから私は結局、肝心な所でサヲリにろくなことも言えないまま、サヲリの存在を見送ることになった。
 
残念ながら、以上が、当時の私の実力である。
 
 
サヲリが今どこで何をしているのかは、私は全く知らない。
言っちゃ悪いけど、サヲリは今ごろ、他人からの優しさが足りない人生を送っているような気がする。
 
なぜならサヲリは見た目も中身も美しい女性だが、思いやりのある他人と一緒に生活できる運にイマイチ恵まれていないと私は感じたからだ。
そして無粋で自虐的だった私も、「思いやりのない他人」の一人だとサヲリに思われたかもしれない……残念ながら。
「他人に好かれる素質があるということと、他人に助けられる素質があるということは、似ているようで異なる」ということを、私は写真屋で心に刻んだ。
 
そして私は社会のドブ沼で職を転々とし足掻きながら、昔よりは少しはマシな人間になった。
写真屋の仕事に、サヲリの複雑な感情に、手も足も出なかった昔の自分を乗り越えるために、必死の抵抗を続けて、私は今日まで生きてきた。
 
だから俺はこの記事を、夢も希望も無い結論で終わらせたくねーんだよ。
 
サヲリはあの写真屋で、天使のように美しく輝いていた。
もしかしたら私がサヲリを天使だと思い込んでいるだけで、サヲリにも実は悪魔みたいな所があるのかもしれない。
でも、いずれにせよ、サヲリが美しかったことに変わりはない。
 

だからサヲリは今もどこかで、相変わらず美しい人生を送っているはずだと、私はいつまでも信じていられるんだ。
 
おしまい